ムンスター戦車博物館2
第二次世界大戦のドイツ戦車
事実上ムンスター戦車博物館のメインです
もはや解説の必要もないでしょうが、やはり実物の迫力には圧倒されました。
ふと気付くと、だらしない笑みが取れない自分に…
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三号戦車M型(SdKfz141/1)正面装甲50mmに20mmの増加装甲を施し、主砲を50mm長砲身(60口径)砲に換装した後期型です。(ガイドブックでは75mm砲)塗装は砂漠迷彩、左正面にはロンメルのアフリカ軍団マーク、側面には車番「860」のマーキングがされています。 前面の細い板は予備キャタピラのラックです。 この車両は1942年末に製造、アフリカ戦線に輸送され第15機甲師団(ガイドブックでは独立504重戦車大隊;504th heavy tank detachment)に配属されました。 1943年5月、チュニス西20kmで乗務員によって破壊されましたが、1986年にチェニジア人によって回収されたようです。 |
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四号戦車G型(SdKfz161/1)第二次世界大戦のあらゆる戦場で、ドイツ陸軍と共に戦った「軍馬」こと四号戦車です。終戦まで生産され続けましたが、これは75mm長砲身(48口径)砲 を搭載したG型です。 三号と四号は並んで展示されており、改めて三号戦車との共通性が判ります。 この四号戦車もアフリカ軍団の塗装ですが、三号戦車に比べて赤みの薄い暗い茶色となっています。アフリカ軍団と第15装甲師団(赤い三角傘)、そして車番「413」のマーキングがされています。 この車両は1942年9月に製造され、10月21日北アフリカのトブルクに輸送。第15装甲師団第8装甲連隊に配属されています。 エルアラメインからの英軍大反攻「スーパーチャージ」作戦がまさに発動された11月1日に前線に到着、12月に英軍によって捕獲されました。 1960年12月、英第五機甲師団長Jolly少将によって、ムンスター戦車兵学校に返還され、戦車兵学校によってレストアされたとの事です。 以前は三色迷彩で車番も「R01」だったようですが、この車体の履歴から現在の塗装に変更されたのでしょう。 |
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五号戦車パンテルA型(SdKfz267)東部戦線の「T-34ショック」をきっかけに開発されたという有名な逸話のある戦車。ティーゲルに対して「中戦車」と呼ばれますが、四号までと比べてとにかくでかい! 写真では判り辛いのですが、アンテナが多数装備された指揮車です。 (後のツィタデル作戦の解説も凝ってました) 装備品もほぼ完璧に装着され、自走可能な状態にあるようです。 この車両の砲盾にある同軸機銃口は埋められていましたが、別の場所にはパンテルと思われる砲盾と砲身がありました(下写真)、同軸機銃口とツィメリットコーティング(車体にコンクリートモルタルを塗布した吸着地雷対策)の様子が良くわかります。 ドイツ軍におけるこの車両の履歴についてよく判らないのですが、1944年2月にニュルンベルグで製造されたようです。フランス軍に捕獲後、1946年スウェーデンに売却。1961年10月17日に、第93戦車嚮導大隊に譲られ、1975年に戦車兵学校に移籍されたそうです。 上写真の右に写っているのは、自走式の爆薬運搬車両。ドレスデンの軍事史博物館から貸出中との事、戦争後にソ連占領軍が野外活動で使っていたとの解説がありましたが、何に使っていたのやら。
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六号戦車1「ティーゲル」WW2ドイツ戦車で最も人気の高いティーゲル。 実はムンスター戦車博物館設立20周年を記念して、フランスのソミュール博物館から貸出中の車両です。たしか雑誌に後期型か最終生産型と書いてあったような… 車体の下にあるのが通常のキャタピラで、取り付けてあるのが輸送時のキャタピラでしょう。(幅が狭くなっている) 履歴については解説が無いので一切不明、フランスに行かないと判らないです。 とにかくでかい! ![]() |
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六号戦車2「ティーゲル2」B型(SdKfz182)別名「ケーニヒスティーゲル」、すなわち「王虎」です。2003年阪神優勝に相応しい。(笑) 装備品も大部分備わっており、まさにムンスター戦車博物館の目玉です。 正面左側にSS師団マーク、砲塔側面に車番「321」のマーキングがあります。ツィメリットコーティングされていないので、すっきりした形状がさらに印象的になっていますが、実際はその大きさから威圧感がたっぷりあります。 ぺたぺた触って感動にひたってました。 この車両はカッセルのヘンシェル社によって1944年7月に製造、フランス戦線の第101SS重戦車大隊(the heavy tank detachment 101 of the Waffen SS)に配属され、9月にアメリカ軍によって捕獲されました。 1960年12月にムンスター戦車兵学校に寄贈され、1982年に走行可能状態にレストアされたそうです。 |
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