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昭和32年8月2日
東京・浅草の国際劇場にて
淡谷のり子さんと東海林太郎
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昭和17年4月
慰問団長・東海林太郎・松平晃・西村小楽天
森 光子・他 満州方面に軍慰問の記念写真
( 満鉄の流線型特急・当時アジア号を
乗る事は内地のの日本人の夢でした)
昭和60年・森 光子の「わたしの放浪記抄」
から抜粋
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東海林太郎と豆千代さん
豆千代さんは赤坂小梅など
花街出のコロンビア専属歌手
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昭和26年6月26日
「野崎小唄」「「旅傘道中」再吹き込みの際
キングレコード吹き込所にて、
東海林太郎と大村能章先生のお二人
どちらかと云えば、日本調のメロデイが
主流で道中ものや、音頭・など得意とした
作曲家である
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昭和26年2月1日
南米ブラジル演奏旅行中
リオ市郊外のコーヒー園にて
在日本人系の農園に招待を
された時に記念として写られた
と思はれる。
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静夫人亡き後・一人で慣習の
発声練習を続ける東海林太郎
毎日2時間・在 軽井沢にて
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昭和46年1月1日・総理大臣公邸にて
佐藤栄作総理大臣夫妻を囲んで
(前列左から)東海林先生・松島詩子・
佐藤総理・渡辺はま子
(後列左から)小梅・デイック・ミネ・
総理夫人灰田勝彦のみなさん
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朝に夕に、浅間の噴煙を望む、から松の高原へ
四季折々に寸暇を得られては静寂を楽しまれ、
明日への英気を養って居られた東海林先生・・・
昭和26年初秋・…お供は愛犬ジェスパー
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TBSテレビ「流行歌の黄金時代」出演の
淡谷のり子・先生・灰田勝彦・渡辺はま子・
井上ひろしのみなさん。井上氏を除き一世を
風靡された大歌手もすべてあの世で東海林先生と
共に歓談されていることと思います。
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昭和46年9月9日(大阪豊中市民会館)にて
東海林先生と保存会会長・中村邦雄氏
中村氏は父君が東海林フアンであったので
10歳の頃から楽屋に行ったりして、先生とは
以後・東海林太郎後援会から現在の歌謡芸術
保存会を主幸されて、70有余年東海林一筋
気骨は関係者の認めるものである。
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