東海林太郎の歌謡ライブラリー( 3 )

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 5.春の悲歌(エレジー)      

 

      昭和12年5月 ポリドール 作詞 大木惇夫 作曲 阿部武雄                 

  当時のレコードのジャンルに 「馬車もの歌謡」というのがある。 馬車とさすらい・恋と別れ・など

 レコード取材にはかかせないテーマでもあった。 「春の悲歌」もこのジャンルに入る名作である。

 大木惇夫の詩に、阿部武雄の曲、それに東海林太郎の歌唱が、いつの世にも心の琴線をふる

 わす詩情溢れる作品であろう。ローカル色豊かなイメージと、都会的ムードを叙情的に表現した

 歌詞に青春の、ほろ苦い想いを誰もが感ずるであろう。純愛的な愛惜は万人が夢みるエレジー

 では、なかろうか?今の世相では望む事すら不可能な, 清純なロマンであろうと吾人は想う。

 

   イメージ 画               歌詞カード             タイトル
                                


6.ハルビン旅愁  

 

         昭和15年2月 ポリドール 作詞 佐藤惣之助 作曲 服部逸朗

 

 日支事変も泥沼に入った如くに、長期戦の様相を呈した頃、内地はともあれ外地・北満州の

 大都会 ハルピン市は東洋の魔都といわれた上海とならび称され、詩の街、夢の街といわれる

 だけあって、当時満州へ旅する人々の、あこがれの街であった。革命から逃れた白系ロシア人

 多種多様の民族」が行き交い、そこに織り成す人間模様は歌謡曲の世界にも数々の名曲を生む

 特に市内の「キタイスカヤ」は、ハルピンの銀座ともいわれており、訪れた人々の郷愁を誘う地名

 であった。佐藤惣之助作詞・服部逸郎作曲の作品に東海林太郎のムード溢れる歌唱により、

 異国情緒豊かな、甘い哀愁に満ちたロシア調のメロデイーが、雪のマーチョの鈴と共に流れて

 都会的情緒と男のロマンが、レコード一杯に夢の様に流れ、素晴らしい作品となっている。

                       

  


7.楡の花咲く時計台  

                                                                

         昭和30年6月  マーキュリー  作詞 佐藤秀千代 作曲 豊田一雄

 東海林太郎の歌謡は、駐留軍の股旅・軍時歌謡へのアレルギーと、若手歌手の   

 台頭が故、約10年ほど不遇の時代を迎えざるを得ない時、昭和28年・ニットーが解散し

 マーキュリーとなり、東海林太郎は重役をかね、専属歌手となる、 この間50曲程吹込む

  不遇の時代にはどんな良い曲をいれても、ヒットにつながらないものだ。昭和30年6月。

 札幌の時計台の情緒を印象的に描いた、ロマンチックな「楡の花咲く時計台」が発表された

 詩・曲とも一段と格調の高い歌謡曲であったが、残念ながら不発に終わってしまったが、

 さすがに往年の東海林太郎だけあって、哀愁切々の叙情・歌唱を聴く人の心に触れるもの

 がある。昭和40年頃、東海林太郎が某社でステレオで再録してから、歌謡フアンの注目を

 得て、忘れられて行く叙情の世界を、円熟した歌唱とあいまって、当時話題に上るほどの

 忘れ得ぬメロデイーとして、往年のフアンの心を和やかに、感動させた得がたい曲である。

                 

                 先生と時計台          時計台