東海林太郎の歌謡ライブラリー( 3 )
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| 5.春の悲歌(エレジー) |
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昭和12年5月 ポリドール 作詞 大木惇夫 作曲 阿部武雄 当時のレコードのジャンルに 「馬車もの歌謡」というのがある。 馬車とさすらい・恋と別れ・など レコード取材にはかかせないテーマでもあった。 「春の悲歌」もこのジャンルに入る名作である。 大木惇夫の詩に、阿部武雄の曲、それに東海林太郎の歌唱が、いつの世にも心の琴線をふる わす詩情溢れる作品であろう。ローカル色豊かなイメージと、都会的ムードを叙情的に表現した 歌詞に青春の、ほろ苦い想いを誰もが感ずるであろう。純愛的な愛惜は万人が夢みるエレジー では、なかろうか?今の世相では望む事すら不可能な, 清純なロマンであろうと吾人は想う。
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| 7.楡の花咲く時計台 |
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昭和30年6月 マーキュリー 作詞 佐藤秀千代 作曲 豊田一雄 東海林太郎の歌謡は、駐留軍の股旅・軍時歌謡へのアレルギーと、若手歌手の 台頭が故、約10年ほど不遇の時代を迎えざるを得ない時、昭和28年・ニットーが解散し マーキュリーとなり、東海林太郎は重役をかね、専属歌手となる、 この間50曲程吹込む 不遇の時代にはどんな良い曲をいれても、ヒットにつながらないものだ。昭和30年6月。 札幌の時計台の情緒を印象的に描いた、ロマンチックな「楡の花咲く時計台」が発表された 詩・曲とも一段と格調の高い歌謡曲であったが、残念ながら不発に終わってしまったが、 さすがに往年の東海林太郎だけあって、哀愁切々の叙情・歌唱を聴く人の心に触れるもの がある。昭和40年頃、東海林太郎が某社でステレオで再録してから、歌謡フアンの注目を 得て、忘れられて行く叙情の世界を、円熟した歌唱とあいまって、当時話題に上るほどの 忘れ得ぬメロデイーとして、往年のフアンの心を和やかに、感動させた得がたい曲である。
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