高野山・奥の院
昭和18年6月8日、柱島泊地の繋留中の「陸奥」は、火薬庫が大爆発を起こし
4万3千トンの艦体は一瞬のうちに海中に没し、三好輝彦艦長以下、1,121名が艦と運命を共にし殉職をとげられた。
この中には当日午前乗艦した11期甲種予科練の少年も含まれている
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