海防艦「大東」

高野山・奥の院

 

昭和十九年八月七日竣工。第一海上護衛隊に編入、海上護衛に従事、九月二十三日、沖縄沖で敵潜水艦を撃沈
「電探をもって敵潜水艦を捕捉し之を撃沈せるは軍艦大東を以て日本海軍の嚆矢とする」と
の、全軍布告の感状を受与される

その後「ヒ八六船団」(輸送船六隻・軽巡「香椎」・海防艦「鵜来」・「大東」・「第二十三号」・第二十七号」・「第五十一号」)に参加
二〇年一月十二日、米第三艦隊機延べ15機と戦い、戦死者5名戦傷者28名を出すも、5機撃墜
さらに16日海南島に於いて敵機1機を撃墜する

内地での修理後、台湾、南鮮方面、北海道方面の海上護衛に従事、終戦を迎えた

終戦後進駐軍の命により乗組員が再召集され、危険な掃海作業に従事
昭和二〇年十一月一六日、対馬海峡東水道において触雷沈没する

 

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