『悪魔の報復』
エラリー・クイーン
(創元推理文庫)
1938
本格
【陽気なエラリー】
自ら経営していた会社の倒産を利用し、一人だけ利益を得ていたソリー・スペイドが殺害された。多くの人に恨まれていたことは間違いないが、警察に逮捕されたのは共同経営者リース・ジャーディンだった。
脚本家として招かれていたものの待ちぼうけをくらわされていた名探偵エラリー・クイーンが、ハリウッドを舞台に意外な犯人をつきとめる、作家エラリー・クイーン中期《ハリウッドもの》の第一作。
モダンな女性と書かれたヴァレリー・ジャーディンと、真面目だが少しエキセントリックなウォルター・スペイド、二人の冒険から物語は始まる。性が示すように、この二人はそれぞれ容疑者と被害者の子どもなのだが、利害は一致している。ヴァレリーは、父親を破産させた共同経営者が死んだのであるし、ウォルターにとってもあくどい商売をしている父親を憎んでいたからだ。それに、どうやら一筋縄ではいかない関係らしいことが《冒険》の内容からよく察知できるのだが、利害が一致などというような金銭だけが結びつける二人でないこともよくわかる。
そんな彼らに巻き込まれるような形で、エラリー・クイーンが真相の究明へ向かうのだけれども、ハリウッドの人種なるものを描きたかったからなのか、とにかくここまで陽気なエラリーというのは珍しい。
アメリカらしさを象徴する土地の一つとして、娯楽と虚構の都であるハリウッドが挙げられるとすれば、そこに暮らす人たちは、特殊であったとしても、アメリカらしい人間たちであるといえるのかもしれない。その毒気に当てられてしまったのか、脚本家として招かれながら自らを呼んだプロデューサーに会うことすらできないエラリーは、自分向けの謎が登場するや否や、飛びついた感もあるほどの張り切りようを見せている。ヒラリー・キングという安直な名前を付けられながらも、待ちぼうけを食らわせるよりは難事件といった感じで、嬉々として自らに最も適した役割を楽しむ我らがエラリー……初期がスマート、好機が懊悩であるとすれは、中期は陽気なのかもしれない。ハリウッドものの第二作『ハートの4』でエラリーは、素晴らしい女性に出会ってもいることも、中期は陽気説の根拠に薄弱ながらあげておこう。
舞台がニューヨークではないこともあって、父親の威光も逆に地元の警官たちにとっては嫌悪の対象となるようで、エラリーは名前は知られているけども、彼が多くの事件で果たした役割についてはまったくの誤解を受けてしまっている。ロサンゼルスの警視から酷い扱いを受けたエラリーは、カップルらを窮地から救うためにも、そして、《陸に上がった魚》となっている自分の名誉を回復するためにも、事件を解決しなくてはならないというわけだ。
作中には、ダライ・ラマや日本の将軍といった言葉が比喩に使われている。世界の国々に興味を持っていたらしいことは作品を読んでいると伝わってくるが、アメリカ人らしいエンターテイメントへのこだわりを決して捨てず、良質の作品を書き続けてきた作家クイーンが、特に東アジアに興味を持っていたことは、当時のハリウッドが少なからず持っていたオリエンタリズムへの傾向とも合致するのだろう。
本作が上梓さたのは1938年だが、その11年前にはすでにE・D・ビガーズの《チャーリー・チャン・シリーズ》の映画化がスタートしている。日本ではあまり馴染みのないチャン警部だが、アメリカでは最も興味深いキャラクターの一人として認知されていたという。その証拠に、限られた本数の原作が映像化され尽くしてからも、キャラクターだけを借りた作品が、映画の留まらず新聞連載といった形でも続いていたらしい。
ミステリと映画化という話では、S・S・ヴァン・ダインの『カナリア殺人事件』が1929年に制作されている。ヴァン・ダインがデビュー作によってミステリ界に少なからぬ衝撃をもたらしたこと、また、自作の映画化によって大きな成功をことは有名な話だが、ファイロ・ヴァンスのキャラクターがたっていたこともあり、彼の作品は17作も映画化されている。個人的には、ヴァン・ダインが映画化によって多大の金銭を得ていなければ、もっと良質のミステリを書き続けざるを得ない状況に身を置いていたのではないかと想像してしまうので、映画のヒットが残念でもある。
このような状況下のハリウッドに、エラリー・クイーンがやってきているわけだ。作家クイーンの筆致にも、映画の都が影響しているらしく、冒頭のシーンではカットバックの手法が使用されている。次々とカメラの位置が移動して事件の関係者たちの顔見せが済まされると、これは新聞記事の情報であり、それを楽しむ大勢の中の一人としてエラリー・クイーン氏も含まれていた、というわけだ。
事件についても、詳細を少しだけ。犯人は、レイピア(刃が長く細身の剣)を使って殺人を犯している。被害者は、剣の先端に独創的な方法で固定されていた毒物を、刺されることで体内に含まれ、殺害されている。状況には、三つの謎が残されている。第一には、たくさんの剣があったのにレイピアが選ばれていること。第二には、刃物だけで十分に殺害が可能であること。第三には、剣が持ち去られてしまっていること。
あらすじなる通り、疑わしいのは共同経営者のジャーディン氏で、証拠も彼の自宅から見つかってしまうなど、非常な窮地に立たされる。しかし、自分が無実であることを知っている彼は、娘の恋人であるウォルターが死体のある現場いたことを隠すためにも、黙秘を続ける。エラリーは、ジャーディンとウォルターという二人が、容疑者でありながらもお互いに庇いあうという中で、捜査を進めなくてはならない。多少、時間制限のようなサスペンスの風味がつけられているといってもいいだろう。
伏線と論理によってもたらされるエンディングは、やはり快感だった。構造上、特に目新しい点はないが、冒頭のカットバックといった演出面での変化が、エラリーの陽気さと相まって、小気味よい印象をもたらしている。もっといい作品があり、精彩を欠いているとされる向きもあるかもしれないが、もっと酷い作品だって星の数ほどあるだろう。本格ミステリを読みたい、ならエラリー・クイーンだという幸せな発想は、本作でも裏切られることはなかったと断言できる。
(2004年2月現在、この作品は品切れのようです)