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◆ H04.11.04 京都地裁判決 昭和62年(行ウ)第7号 京都市教育委員会君が代カセットテープ配付事件(損害賠償等請求事件)



事件番号:昭和62年(行ウ)第7号、昭和62年(行ウ)第9号、昭和62年(行ウ)第13号、昭和62年(行ウ)第19号、昭和62年(行ウ)第23号

判示事項:
一 住民監査請求の対象である当該職員、相手方と住民訴訟の被告の同一性
二 君が代を録音するための市販のテープを購入した公金支出によって損害の発生がないとされた事例


    主   文

一 被告池田正太郎、同大辻一義、同薮内清、同清水榮、同広中和歌子、同岡部弘、同中城忠治に対する訴えをいずれも却下する。
二 原告ら、原告参加人らのその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告ら、原告参加人らの負担とする。

    理   由

第一 請求
一 (原告ら、原告参加人らの請求)別紙被告目録記載の一〜九の被告ら(以下、被告一〜九という)は、各自、京都市に対し、金四万四、九五〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 (原告らの請求)別紙被告目録記載の一〇〜一八〇の被告ら(以下、被告一〇〜一八〇という)は、各自、京都市に対し、昭和六一年三月頃京都市教育委員会が配付した「君が代」のカセットテープを引き渡せ。

第二 事案の概要
一 請求の類型(訴訟物)
 京都市教育委員会がカセットテープを購入して、これに「君が代」を録音したうえ、市内の小中学校の校長に配付した。原告らが京都市住民として、このカセットテープの購入及び配付が違法であると主張し、京都市に代位して、被告らに次の請求をする住民訴訟である。
1 京都市教育委員会の職員である被告一〜九に対する違法な公金支出による損害賠償請求。
2 小、中学校の校長である被告一〇〜一八〇に対するテープの引渡請求。
二 前提事実(争いがない事実)
1 昭和六一年二月上旬、京都市教育委員会(学校指導課長ら)は、君が代の演奏及び合唱を録音したカセットテープを市内の各小中学校の校長に配付することを決定した。
2 同月七日頃、被告矢作は、右決定を実行するために、カセットテープ二九〇本(単価一五五円)の購入を決定し、その代金として、金四万四、九五〇円の公金を支出した。
3 被告一〇〜一八〇は、君が代が録音されたカセットテープの配付を受け、又は配付を受けた前校長から引継ぎを受けて、本訴提起当時、これを管理保管していた。
三 争点
1 本案前
(一) 被告広中和歌子、同矢作勝美、同中誠忠治、同岡部弘の監査不経由による訴えの適法性。
(二) 被告矢作以外の被告らが当該職員に含まれるか否か。含まれない者がある場合には、その被告適格の有無。
(三) 被告一〇〜一八〇が、別紙被告目録転任退職等欄記載のとおり、全員、病気降任、退職、転任などによりテープを管理保管していないか否か。これが訴えの適否に関係するか。
(四) 本件テープの返還請求と住民訴訟の適否((1)テープ配付の財産処分性、(2)テープの管理権の所在)。
2 本案
(一)教育長は、本件テープ購入の公金支出を専決したか。
(二) 校長であった被告らがテープを保管しているか。テープの配付は財産処分に当たるか。
(三) 損害の有無。
(四) 君が代は国歌か。
(五) 本件テープの購入、配付が、君が代斉唱を強制するためのものか。
(六) 右の強制目的による配付が、憲法一九条、二〇条一項前段、二項、三項の思想良心の自由、政教分離の原則に違反するか。
(七) 君が代の斉唱、演奏が、憲法二三条、二六条一項、教育基本法一○条一項、二項、学校教育法一七、一八条違反の違法行為か。

第三 争点の判断
一 本案前の判断
1 被告広中和歌子、同矢作勝美、同中城忠治、同岡部弘の監査不経由による訴えの適否
(一) 被告ら、被告参加人の主張
 原告らが右被告らに対する監査請求をせず、同被告らに対する監査を経由していないから、同被告らに対する本件訴えは不適法である。
(二) 原告ら、原告参加人らの主張
 監査請求と住民訴訟の対象事項に同一性が認められる限り、監査請求後の調査や監査結果によって当該行為に関与した職員が新たに判明した場合は、これを被告に追加しても、監査前置主義に反しない。被告広中和歌子は、監査請求当時教育委員会委員でなかった。が、カセットテープ購入時(昭和六二年二月七日)には、同委員であったことが監査結果により判明した。そこで、原告らは監査請求当時の委員である西川喜代子に代えて、被告広中和歌子を被告としたのである。被告矢作勝美、同中城忠治、同岡部弘は、監査結果によりカセットテープの購入に関与していたことが明らかとなったのでこれらを被告に加えた。したがって、監査請求前置主義に反しない。
(三) 検討
 地方自治法二四条一項は、住民に対し、当該普通地方公共団体の執行機関又は職員による一定の具体的な財務会計上の行為又は怠る事実に限って、その監査と非違の防止ないしその是正の措置とを監査委員に請求する権能を認めたものである。住民監査請求は住民一人でもできる反面、その対象は一定の具体的な当該行為等に限定される。したがって、住民監査請求は、その行為等が複数である場合において行為の性質、目的等に照らしこれらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合を除き、その対象となる財務会計上の行為を他から区別し、特定して認識できるように個別的具体的に摘示してしなければならない(最判平成二・六・五民集四四巻四号七一九頁参照)。
 そして、このことは、住民訴訟の対象となる客観的事実だけでなく、その主観的事実、即ち、これを行った当該職員ないしその相手方についても同様である。それが、当該行為等の特定とあいまって、監査請求の対象となる財務会計上の行為を他から区別し、特定して認識できるように個別的、具体的に特定しなければならない。しかし、それは、それで充分であって、それ以上の特定を要求すべきものではない。
 したがって、既に、当該行為等とこれを行った職員の個別的、具体的摘示によって、その対象となる財務会計上の行為を他から区別して認識できる程度の監査請求を行っていれば充分である。その財務会計上の行為に関与した職員が複数である場合において、当該行為の性質、目的等に照らし同一部局員又は担当者であるこれらの職員を一体とみて、その違法性又は不当性を判断するのを相当とするときは、必ずしも、全職員を個別的具体的に摘示しなくてもよいと考える。即ち、このような場合、後に監査結果により判明したところにしたがい、職員の一部を追加ないし変更したうえ、同一部局員又は担当者である新たなな被告に対しても、監査請求を経たものとして、従前の被告とともに、住民訴訟を提起できるのである。
 本件原告らは、当該財務会計上の行為に関与したことが監査結果により判明した職員である前示被告矢作勝美、同中城忠治、同岡部弘を追加し、かつ、テープ購入当時の教育委員を退任していた西川喜代子に代えて、教育委員となっていた被告広中和歌子に変更しているが、本件住民訴訟は同被告らに関する関係で監査前置主義に反するものとはいえない。
2 被告矢作勝美以外の被告らの当該職員該当性
(一) 被告ら、被告参加人の主張
 住民訴訟の被告適格を有するものは財務会計上の行為をなす権限を有していた者に限られる。この権限を有するのは、被告矢作勝美のみであり、その余の被告らには右の権限がないから、被告適格がない。したがって、原告らの訴えを却下すべきである。
(二) 原告ら、原告参加人らの主張
(1) 財務会計上の権限を有するか否かによる当該職員の該当性は、本案の問題であって、本案前の被告適格の間題ではない。
(2) 本件カセットテープの購入、配付は、カセットテープの売買契約そのものであり、これが財務会計上の行為に当たることはいうまでもない。したがって、これを共同して行った被告らには、被告適格があり、各被告の財務会計上の権限の有無は問うべきでない。
(三) 検討
 違法な公金の不法支出、財産の処分等に基づく損害賠償請求ないしは不当利得返還請求の住民訴訟の被告適格を有する者は、不当利得をした当該職員又はその相手方である(地方自治法二四二条の二第一項四号、二四二条一項)。
(1) 当該職員の意義 右の当該職員とは、財務会計上の行為をなす権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味する。その反面として、およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないと考える(最判昭六二・四・一〇民集四一巻三号二三九頁参照)。
 なぜなら、そもそも住民訴訟制度が地方自治法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正し、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものである。だから、当該職員は当該訴訟においてその適否が争われる財務会計上の行為を行う権限を有する者を指す。
(2) 相手方の意義 右の相手方とは、原告により代位の目的となっている地方公共団体が有する実体法上の請求権を履行する義務があると主張されている者である。
イ 教育委員会関係の被告らについて
(イ) 教育長 被告高橋清が、当時の京都市教育委員会事務局の教育長であることは、当事者間に争いがない。教育委員会を含む京都市の財務会計上の権限を有するのは京都市長である(地方自治法一四九条二号、一八〇条の六第一号、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二四条)。
 そして、教育長は、教育委員会の指揮監督の下に、教育委員会の権限に属するすべての事務をつかさどる(同法一七条一項)。京都市では、教育長等専決規程(昭和三八年五月一六日訓令甲第七号)をもって、その三条で「教育長等の専決事項は別表のとおりとする」とし、別表(三条関係)(12)には、「一件一〇、〇〇〇、〇〇〇円以下の物件、労力その他の調達決定及びこれに伴う経費の支出決定に関すること」、(18)には、「物品の寄託、貸借、交換、譲渡及び譲与の決定及び契約に関すること」が、教育長の専決事項として列記されている(〈書証番号略〉)。
 したがって、被告高橋清に対する訴えを不適法という被告らの主張は、採用できない。
(ロ) 教育委員会委員長、教育委員これらの者は、前示の意味の財務会計上の行為をなす権限を法令上本来的に有する者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有する地位ないし職にある者とは認められない。
 したがって、本件テープ購入当時の京都市教育委員会委員長であった被告池田正太郎、同教育委員被告大辻一義、同藪内清、同清水榮、同広中和歌子は、前示当該職員に当たらないから、住民訴訟の被告適格がなく、右被告らに対する原告らの本件訴えは不適法であって、これを却下すべきである。
(ハ) 教育委員会事務局総務部施設課長、指導部学校指導課長、右施設課長であった被告岡部弘、右指導課長であった被告中城忠治が、前示財務会計上の行為をなす権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者である事実を、原告らは、主張しないし、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。
 むしろ、学校指導課は、教科書その他の教材の採択及び取扱指導に関することを分掌し、同課長は、視覚教育ライブラリーの利用に関すること、教科書の利用に関することがその代決事項とされており、学校施設課長は、学校施設の七日以内の目的外使用許可に関すること、学校教具等の配分に関することのみが代決事項とされている(〈書証番号略〉)。これらの事項は、原告らが同被告らに対して主張する公金支出に関する財務会計上の行為の代決権限であるとはいえない。
 なお、同被告らが行った教材の配分などの専決は、それ自体で財務会計上の行為とはいえない。しかも、原告らは、右被告らが、本件テープ購入、公金支出を共謀して行なったとして、その違法を主張し、代金相当の四万四、九五〇円の賠償を請求しているのである。そもそも、右被告らが、当該テープ購入配付行為の相手方であるとはいえないし、その旨の主張もない。
 したがって、右被告らは前示当該職員に当たらないから、住民訴訟の被告適格がなく、右被告らに対する原告らの本件訴えは不適法であって、これを却下すべきである。
 なお、同事務局総務部総務課長であった被告矢作勝美が、本件テープの購入に関し、前示財務会計上の行為をなす権限を法令上本来的に有するものとされている京都市長から権限の専決委任を受けて右権限を有するに至った者であることについては、当事者間に争いがない。したがって、同被告に対する本件住民訴訟は適法である。
(ニ) 教育委員会委員長、教育委員、教育委員会事務局教育長、教育指導課長、施設課長に対する請求
 教育委員会委員長、教育委員、教育指導課長、施設課長は、当該職員に当たらないから、前示のとおりこれらの被告らに対する訴えは不適法である。
 また、教育長が本件テープの購入の公金支出を専決したものでなく、同被告に対する請求が理由のないことは後に説示するとおりである。
 原告ら、原告参加人らは、これに関連して、右被告らが共謀して、本件力セットテープの配付を決定し、その購入の公金支出をさせて、テープを配付し、これを処分したと主張するところがある。そして、この右被告らが共謀して本件テープの配付を決定し、公金支出をさせたというのは、テープに君が代を録音し、小中学校の校長に配付することを合議、決定して、公金支出に至らせた趣旨、及び学校指導課長である被告中城忠治が、学校指導課係員に、「物件購入決定書兼契約決定通知書」(稟議書)を起案させ、これを施設課施設課長被告岡部弘らが同書に決裁したうえ、総務課へ回付し、総務課長にカセットテープ往復三〇分用、TDK−DS又は同等品、小学校二一〇本、中学校八〇本の購入を要求したことを指すものと解される(〈書証番号略〉)。
 しかし、被告らのこれらの行為は、教材を確保し、児童生徒の教育指導を図るという教育行政の見地から教育行政担当者としての行為(判断)である。したがって、本件テープの物品としての財産的価値に着目し、その取得の適否、その価値の維持保全を図る財務的処理を直接目的とする財務会計上の財産的管理行為には当たらない。だから、これらは住民訴訟の対象とならないものである(最判平成二・四・一二民集四四巻三号四三一頁)。
ロ 小中学校の校長であった被告らについて
 被告一〇ないし一八〇は、本件テープ配付当時それぞれ小、中学校の校長であるが、原告ら及び原告参加人らは、同被告らが本件テープの配付を受け、又は、前校長から受領して、これを管理、占有しているので、京都市のテープの所有権を代位して、その返還を本訴で請求すると主張している。この請求が右被告らを当該職員として不法行為による損害賠償ないし不当利得による返還請求をしているものか、それとも、その相手方として、テープの返還を求めているのかは必ずしも明確でない。
 これが同被告らを当該職員として請求するものであるならば、同被告らが前示本件テープの購入による公金支出について、前示の財務会計上の行為をなす権限を法令上本来的に有するものとされている京都市長から権限の委任を受けて右権限を有するに至った者である事実を原告らは主張しないし、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。とすれば、同被告らに対する本訴請求は被告適格を欠き、失当である。
 しかし、前示原告ら、原告参加人らの主張は、右被告らを前示不当利得の相手方として、その返還を請求しているとみることもできる。このように解すると、右被告らが当該職員に当たらなくても、相手方に該当すれば、被告適格に欠けることがない。そして、原告らにより代位の目的とされている実体法上の請求権である原告ら主張の不当利得につきカセットの受領者とされ、その返還義務の履行義務があるといわれている右被告らは、その返還請求の相手方として、被告適格を有するといわねばならない。
 被告ら、被告参加人は、前示のとおり、右被告らが当該職員に当たらないことのみをもって、被告適格を欠き、同被告らに対する本件訴えを却下すべきであるという。しかし、この主張は、右不当利得の相手方にも、被告適格を認めている法の趣旨を看過したもので、失当である。
3 テープ配付と住民訴訟の適否
(一) 校長退職、転職者等の被告適格
 被告ら、被告参加人は、被告一〇〜一八〇が、別紙被告目録転任退職等欄記載のとおり、全員、テープ配付後、病気降任、退職、転任によりテープを管理保管していないことを理由として、同被告らに対する本件訴えを却下すべきであると主張する。
 原告らは、同被告らが個人として私的にテープを保管、占有するもので、校長職を辞した者もなおテープを保管占有していると主張して、同被告らに対する本訴は適法であるという。
 原告ら、原告参加人らの主張による以上、同被告らも私的にテープを保管、占有しているとされ前示不当利得の相手方として、被告適格を有するというベきである。右降任、退職、転任などにより、本訴が不適法になり、訴えを却下すべきものとはいえない。これらの事由は、原告主張のとおり、テープの個人的保管、占有か、それとも、校長職としての保管、占有なのかとか、有降任、退職、転任などによって、現に右被告らがテープを保管、占有していないかという本案の事実認定の間題である。
 したがって、被告ら、被告参加人の有主張は採用できない。
(二) テープ配付の財産処分性と住民訴訟の適否
 被告ら、被告参加人は、テープの配付が、京都市内部の機関相互の所管換えにすぎないもので、財産処分に当たらず、住民訴訟の対象でないから本件訴えは不適法であると主張する。
 しかし、原告ら及び原告参加人らは、前示のとおり、テープの配付は、校長であった被告ら個人に交付されたものであって、これが地方自治法二四二条一項所定の財産処分に当たると主張して、本訴を提起している。原告ら、原告参加人らの主張を前提とする限り、これが同条項にいう財産処分に当たることは明らかである。これが、被告ら、被告参加人主張のように京都市の機関相互間の配付、即ち、京都市教育委員会から各校長職に配付されたものであって、校長職にある被告ら個人に配付されたものでないか否かは、本案の事実認定の間題である。そうであるから、これをもって、本訴の不適法をいう被告ら、被告参加人の右主張は採用できない。
(三) テープ返還請求権の有無と住民訴訟の適否
 被告ら、被告参加人は、こう主張する。本件テープは、教育委員会が決定配付した教材であって、学校その他の教育機関の用に供する財産の管理及び教材を取り扱う権限、教育委員会に専属する。だから、京都市にテープの返還請求権がないのであって、本件訴えを却下すべきである。というのである。
 しかし、原告ら、原告参加人らは、前示のとおり、本件テープは、教材としてではなく、校長であった右被告個人に配付したもので、同被告らはこれを私的に管理、保管していると主張している。とすれば、被告ら、被告参加人の右主張は、原告らの請求原因である右主張を積極否認するものであって、その存否という本案の事実認定の問題である。したがって、被告らの本案前の右主張は理由がない。
4 まとめ
 被告池田正太郎、被告大辻一義、被告薮内清、被告清水榮、被告広中和歌子、被告岡部弘、被告中城忠治らに対する本件訴えは不適法であるから、これを却下すべきである。
 その余の被告らに対する訴えは、適法であるから、以下、本案の判断を進めていく。
二 本案の判断
1 判断の順序
(一)原告ら、原告参加人らは、本件の請求原因として、前示争点に関し、種々の理由を主張している。
(二) 原告ら、原告参加人らは、このなかで、本件テープの配付による君が代斉唱は、憲法一九条、二〇条一項前段、二項、二三条、二六条一項に違反すると主張している。
 しかし、三権分立の下で司法裁判所型付随審査制の憲法訴訟をとる我が国の憲法の下においては、法律解釈など法的な要件の審査により、事件の処理ができる他の理由がある場合は憲法間題を判断すべきでないし、その必要もない。
 そこで、適憲性をめぐる君が代の国歌性、その強制の存否、強制による思想良心の自由等の違反の問題は、暫くおき、まず、前示により本案前として主張されているが、その実質は、本案の問題というべきであることを明らかにした事項、損害の有無等から順次検討していく。
2 教育長に対する請求について
 被告高橋清は、前示のとおり、当時は、京都市教育委員会事務局の教育長であった。しかし、〈書証番号略〉、被告矢作勝美本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、教育長である被告高橋清は、本件テープの公金支出の専決をしたものではないと認められる。
 即ち、教育長は、前認定のとおり京都市の教育長等専決規程(昭和三八年五月一六日訓令甲第七号)をもって、「一件一〇、〇〇〇、〇〇〇円以下の物件、労力その他の調達決定及びこれに伴う経費の支出決定に関すること、物品の寄託、貸借、交換、譲渡及び譲与の決定及び契約に関すること」を専決事項としてその権限を市長から専決委任されている(〈書証番号略〉)。他方、京都市教育委員会事務局総務部総務課長は、一件五〇〇万円以下の物件、労力その他の調達決定及びこれに伴う経費の支出決定に関することを専決決定事項として専決委任されていた。
 そして、同総務課長であって被告矢作勝美は、これに基づき本件テープを購入して、その代金四万四、九五〇円の公金を支出したことが認められる。したがって、このテープの購入、公金の支出については、被告高橋清が教育長として、専決したものでないことが明らかである(〈書証番号略〉、被告矢作勝美本人)。とすれば、教育長であった被告高橋清は、前示のとおり当該職員に該当するが、本件公金支出につき、現実に専決するなどの財務会計上の行為をしたものと認められないから、同被告に対する本件損害賠償請求は理由がなく、その請求を棄却すべきものである(最判平成三・一二・二〇民集四五巻九号一五〇三頁、とくに、一五一〇頁)。
3 校長である被告らに対するテープ返還請求について被告一〇〜一八〇は、弁論の全趣旨に照らして、テープ配付後、別紙被告目録転退職等欄記載のとおり、既に全員が退職、降任、転任し、本件テープ配付当時の校長職にいないことが明らかである。
(一) 被告矢作勝美本人尋問の結果、弁論の全趣旨に照らすと、次の事実を認めることができる。本件テープは、京都市教育委員会が、少中学校の教材として、小、中学校の各校長に対して配付したものであって、原告ら主張のように右被告らに私的に保管、管理すべきものとして個人的に配付されたものではない。
 したがって、退職、降任、転任して当該校長職を離れた同被告らが、現在本件テープを占有保管しているものでもない。このように認められる。
 そして、こめ事実は、原告らが、被告らのうち、本件テープを配付後本訴提起までに転任した前校長から新任校長へ本件テープが引き継がれたとして、新任校長を被告とする旨主張しこれを自認していることに照らしても明らかである(原告ら提出の訴状の請求原因四2、訴状補正申立書(昭和六二年三月二七日付)一項)。
(二) 教材論争について
 本件テープが教材であるかにつき、次のとおり当事者間に争いがある。
(1) 原告ら、原告参加人らの主張
 本件テープは教材ではない。
 本件テープは君が代を国家として歌わせるため配付されたもので、教育基本法等が規定する教育目的に反するものである。教材は、各教師が自主的、創造的な判断、選択が可能でなければならない。そして、本件テープは教師たちによって教材として使われたという事実はない。だから、本件テープは、校長が私的に所持するものである。
(2) 被告ら、被告参加人の主張
 教材とは教授及び学習の材料をいい、副読本、学習帳、テープなど、教育内容を具体的に具現しているものをいう(〈書証番号略〉)。国歌「君が代」を録音した本件テープは、学習指導要領の定める教育内容を直接表しているものであって教材である。だから、本件テープは、校長がその地位に基づき、公的に保管しているものである。
(3) 検討
 〈書証番号略〉、弁論の全趣旨によると、この教材論争の内容の当否はさておき、少なくとも、京都市教育委員会が地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条により教育委員会に教材の選択に関し一定の指導をし、また、教育委員会の選択した教材を使用させることもできるとの行政解釈のもとに、本件テープを各学校長に配付していることは明らかであり、これを校長個人に私的に配付したものとは認められない。
 したがって、本件テープの配付が校長個人に配付されたものか、校長職にある者に公的に配付されたものかを判定するうえでは、右の認定をもって足るのであって、これ以上の教材論争をめぐる右行政解釈の当否などを論ずる必要を認めない。
(三) 財産処分性 以上認定のとおり、本件テープは京都市教育委員会から小、中学校の校長に、公的に配付されたものであるから、これは京都市内部の機関相互の物品の所管換えにすぎない。物品を内部の部局から他の部局へ所管を移したとしても、京都市が物品を保管していることに変わりはなく、これにより損害を生ずることもないし、そもそもこのような所管換えは、地方自治法二四二条第一項の財産の処分に当たらないというべきである。
(四) まとめ 以上のとおり前示被告らは、本件テープを保管していないし、これらの者にテープを配付したのは財産処分に当たらない。したがって、同被告らに財産処分による不当利得に基づく返還義務が生ずるいわれはない。よって、その返還を求める原告らの請求は失当である。
4 被告矢作勝美に対する請求について
 被告矢作勝美が、京都市教育委員会事務局総務課長として、専決委任事項に基づき本件テープを購入してその代金四万四、九五〇円を支出したことは、当事者間に争いがない。
 そこで、この公金支出により、京都市に損害が生じた否かにつき、まず、検討する。
(一)原告ら、原告参加人らの主張
 君が代の強制という違法な目的のため公金を支出させ、京都市に対し本件テープ購入代金相当額である四万四、九五〇円の損害を与えた。
 不用品の購入はそれ自体、市の予算の無駄使いであって、損害である。損害の発生は、テープの購入配付が憲法、教育基本法等に違反するか否かの違法性と表裏をなす問題であって、これと切り離して、損害の不存在をいうことはできない。
(二) 被告ら、被告参加人の主張
 京都市は本件テープを、単価一五五円で定価より低価額で買い受けた。テープは市立小中学校に配付され、現在も保管されている。しかも、テープの時価は四万四、九五〇円を下らない。
 君が代の録音が不要になれば、他の教材などに録音し直せばよい。テープは汎用性を有するから、君が代が録音されているからといって、不用品とはいえず、損害の発生はない。
(三) 検討
(1) 事実の認定
 〈書証番号略〉、証人高石邦男の証言、被告矢作勝美本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、次の事実を認定することができる。
(イ) 昭和六〇年八月二八日、文部省初等中等教育局長高石邦男から各都道府県指定都市教育委員会教育長あてに「入学式及び卒業式において、国旗の掲揚や国歌の斉唱を行わない学校があるので、その適切な取り扱いについて徹底すること」等を記載した文部省通知(文初小一六二号)をした(〈書証番号略〉)。
(ロ) 昭和六一年一月末頃、校長会を通じ教育委員会に対し「君が代」の録音テープを配付してほしい旨の要望があった。
(ハ) 昭和六一年二月五日、京都市教育委員会事務局学校指導課長である被告中城忠治は、同事務局教育長の権限に属する事項の専決委任を受けて、テープを教材として配付することを専決した。そして、学校指導課は、「物件購入決定書兼契約決定通知書」(稟議書)を起案して、これを施設課を経て総務課へ回付し、カセットテープ往復三〇分用、TDK−DS又は同等品、小学校二一〇本、中学校八〇本の購入を要求した(〈書証番号略〉)。
(ニ) 同月六日、同委員会事務局総務課長として、被告矢作勝美が右物件購入決定書を市長に属する権限の前示専決委任に基づき決裁して、カセットテープを小学校分二一〇本、中学校分八〇本、単価一五五円、合計四万四、九五〇円で購入する旨の決定(地方自治法二三二条の三所定の支出負担行為)をした(〈書証番号略〉)。
(ホ) 同日、総務課長として被告矢作勝美が支出命令書をその専決権限に基づき決裁し、地方自治法二三二条の四第一項所定の支出命令をした。
(ヘ) 同年三月四日、三条サクラヤ写真機店で市販のカセットテープを買い入れ同店に前示四万四、九五〇円の支出命令をしてこれを支払った(〈書証番号略〉)。
(ト) その後、教育委員会で保管していた市立学校の教員及び児童による君が代の斉唱演奏を録音したテープを使用し、教育委員会職員が市有備品である録音機を使ってこれを本件テープに録音(ダビング)したものである。
(チ) 昭和六一年三月四日、被告中城忠治は学校指導課長として、右により録音したテープを校長会の役員を通じ、又は、直接に全市の小中学校の校長に教材として配付した。
(2) カセットテープの購入と損害の発生
イ 前認定(1)の各事実、とくに(ヘ)に照らすと、本件カセットテープは、被告矢作勝美が市内の写真機店で市販の普通の録音用のカセットテープを買い受けたものであって、この時点では君が代が録音されていたものではない。この段階でカセットテープは、その性質上、どのような音声をも録音できるのであって、君が代に限らず、他の教材の録音用にもなるものでそれ自体有用であり、不用品であるとは認められない。しかも、右カセットテープは市価以下の価額で買い受けているから、その物品の購入自体では、何らの損害も生じていないというべきである。
ロ もっとも、このテープの購入の目的は君が代を録音して、小中学校の校長に配付することにあった。そして、被告矢作勝美は、前認定(1)(ト)のとおり本件テープに君が代を録音(ダビング)し、学校指導課長である被告中城忠治が、これを小中学校の校長に配付している。
 被告矢作勝美本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、次の事実が認定できる。本件カセットテープ以外にも、教育委員会がテープを購入し、英語などをダビングして、各学校に補助教材として配付することは少なくない。本件テープの君が代を消音して、新たな録音をすることは、録音した君が代がその目的を達した時までは許されていなかった。このように認められる。
 しかし、購入したテープに教材として何を録音するかとか、録音されたものの消音を認めないとかいう問題は、財務会計上の行為とはいえない。
 これらは、教育委員会総務課長などの職員が教育の円滑実施と運営を図るという教育行政の見地からする教育行政担当者としての行為であり、本件テープの物品としての財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の財産管理行為に当たらないのである(最判平二・四・一二民集四四巻三号四三一頁参照)。
 とすれば、そのような君が代の録音や消音の禁止によって、何らかの損害が発生したとしても、それは財務会計上の行為によって生じたものではなく、非財務的行為により生じたものというべきである。これは、住民訴訟の対象である被告矢作勝美の前示テープ購入の公金支出とは、相当因果関係のないものであって、これによる損害とはいえない。
ハ この点に関し、財務的行為と非財務的行為とが密接に関係している場合について、前提行為の違法が財務会計上の行為に及ぼす影響が問題となる。財務会計上の行為である公金支出の前提行為となったテープ購入行為が無効であれば何らの原因もないのに公金を支出したことになり、これを違法な公金支出による損害に数えてよいと考えられる。
 本件の場合、なるほど、テープの購入は、君が代を録音して配付する目的のもとになされたものである。
 しかし、それは市販の録音用テープの購入の動機にすぎず、これを購入先のサクラヤ写真機店に表示したとの事実は、本件土証拠をもっても認めるに足りない。とすれば、これにより京都市と同店との本件テープ購入契約が無効となるものではないから、本件テープ代金支払いのためにした公金支出は、債務の弁済であって、これによる損害はないというべきである。
 なお、このような場合に、原因行為の違法が重大かつ明白である場合には財務会計上の行為が違法になるという違法承継を認める見解がある。被告参加人はこの見解に立ち、原因関係の君が代の録音、斉唱に重大明白な違法がないから、公金支出は違法でないと主張する。これに対し、原告らは、次のように君が代の違法を主張し、かえって、このような重大かつ明白な違法に限定した違法承継論を争っている。
 すなわち、原告ら及び原告参加人らは、君が代が憲法違反であることを理由として、そのテープ購入のための公金支出も違法である旨主張する。
 しかし、君が代の内容の適否は、次のとおり、司法判断に適合しないものであり、本件において、このような違法承継”をとることは相当てないし、この理論そのものにも疑問があり、当裁判所はこれを採用しない。
 即ち、国歌とか、それと同視される歌は、国民各人の心の深層に内在するシンボルの一つでもある。国歌ないしこれに準ずるものとして、君が代の内容が相当か否かは、内心に潜在するシンボルの適否の問題といえる。それは、もともと、国民ひとりひとりの感性と良心による慣習の帰すうに委ねられるべき性質のものなのである。
 国歌とされるものは、時代と国家や社会の推移につれて好むと好まざるに拘らず様々な歴史を刻んでいく。それに伴いその意味や受け止め方も変遷し、あるいは陳腐化して時代に合わないといわれたり、あるいは、なお、これを伝統的なものとして維持すべきであるという対立した意見が次第に生じてくる。
 国歌とされるものの歌詞や曲が二義を差し挟まない程度に明らかに憲法を誹謗し、破壊するものであることが明白でない限り、その適否は、本来、裁判所の司法判断に適合しないものである。もっとも、このことは、原告ら及び原告参加人らが挙げるバーネット事件(アメリカ連邦最高裁判決、〈書証番号略〉)とのような、国旗への敬礼ないし国歌の斉唱を児童生徒などに罰則や退学処分をもって強制をするという本件と異なる事案の適否とは、別な問題である。
三 原告ら、原告参加人らのその余の主張
 原告ら、原告参加人らは、以上のほか、このように主張する。君が代が国歌ではなく、君が代の斉唱演奏が、君が代の強制であり、憲法一九条、二〇条一項前段、二項、三項の思想良心の自由や政教分離の原則に違反する。また、君が代の斉唱、演奏は憲法二三条、二六条一項、教育基本法一〇条一項、二項、学校教育法一七、一八条に違反する。というのである。
 〈書証番号略〉、証人高石邦男の証言、弁論の全趣旨に照らすと、国民の中には、君が代を国歌とすることに違和感を持たないでこれを受容している者も多数存在することが認められる。他方、〈書証番号略〉、原告井上清、同飯沼二郎、同枠山範雄、同朴実本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告ら、原告参加人らのように、君が代を苦い戦争の記憶と重ね合わせて、これに強い嫌悪の情を持つ者がいることも否定することはできないし、歌詞の解釈や曲の受け止め方もさまざまである。
 しかし、以上の検討の結果によれば、このような問題に対する判断をするまでもなく、本件住民訴訟はその要件に欠けることが明らかである。
 司法裁判所型付随審査制の憲法争訟制度をとるわが国の憲法の下では、当該事件の解決に必要な範囲でのみ憲法判断をすべきもので、当該事件を離れて、その解決に不必要な判断をすることは許されていない。結局、本件テープ購入の違法をいう住民訴訟は、以上の検討のとおり、原告ら、原告参加人ら主張の憲法判断等を求めるのに適しない性質のものであったというほかないのである。

第四 結論
一 以上のとおりであるから、原告ら、原告参加人らの本訴住民訴訟は、その余の判断をするまでもなく、次のとおり、訴えが不適法ないし請求が失当である。
1 不適法な訴え
(一)京都市教育委員会委員長であった被告池田正太郎、同教育委員被告大辻一義、同薮内清、同清水榮、同広中和歌子に対する訴え。
(二) 教育委員会事務局総務部施設課長であった被告岡部弘、同事務局指導部学校指導課長であった被告中城忠治に対する訴え。
 2 失当な請求
 その余の被告らに対する請求。
二 よって、原告ら、原告参加人らの右1(一)(二)の被告らに対する訴えを却下し、その余の被告らに対する請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 中村隆次 裁判官 佐藤洋幸)

別紙 原告目録 〈省略〉
別紙 参加人目録(昭和六二年(行ウ)第九号事件) 〈省略〉
別紙 参加人目録(昭和六二年(行ウ)第一三号事件) 〈省略〉
別紙 参加人目録(昭和六二年(行ウ)第一九号事件) 〈省略〉
別紙 参加人目録(昭和六二年(行ウ)第二三号事件) 〈省略〉
別紙 原告側(原告ら、原告参加人ら)代理人目録 〈省略〉
別紙 被告目録〈省略〉




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