判例最判S63.7.15 第2小法廷判決 昭和57年(オ)第915号 損害賠償請求事件 判例時報1287号65頁
 
主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
 
理   由
 上告代理人中平健吉、同宮本康昭、同中川明、同仙谷由人、同秋田瑞枝、同河野敬、同喜田村洋一の上告理由について
一 上告理由第一点について
1 上告理由第一点のうち、原判決が憲法一九条によりその自由の保障される思想、信条を「具体的内容をもつた一定の考え方」として限定的に極めて狭く解し、また、原判決が思想、信条が行動として外部に現われた場合には同条による保障が及ばないとしたのは、いずれも同条の解釈を誤つたものとする点については、原判決を正解しない独自の見解であつて、前提を欠き、採用できない。
2 上告理由第一点のうち、原判決が学校教育法施行規則五四条の三に規定する調査書(以下「調査書」という。)として送付された本件調査書には、上告人の思想、信条にわたる事項又はそれと密接な関連を有する上告人の外部的行動を記載し、思想、信条を高等学校の入学者選抜の資料に供したことを違法でないとしたのは、教育基本法三条一項、憲法一九条に違反するものとする点について
 原審の適法に認定したところによると、本件調査書の備考欄及び特記事項欄にはおおむね「校内において麹町中全共闘を名乗り、機関紙『砦』を発行した。学校文化祭の際、文化祭粉砕を叫んで他校生徒と共に校内に乱入し、ビラまきを行つた。大学生ML派の集会に参加している。学校側の指導説得をきかないで、ビラを配つたり、落書をした。」との記載が、欠席の主な理由欄には「風邪、発熱、集会又はデモに参加して疲労のため」という趣旨の記載がされていたというのであるが、右のいずれの記載も、上告人の思想、信条そのものを記載したものでないことは明らかであり、右の記載に係る外部的行為によつては上告人の思想、信条を了知し得るものではないし、また、上告人の思想、信条自体を高等学校の入学者選抜の資料に供したものとは到底解することができないから、所論違憲の主張は、その前提を欠き、採用できない。
 なお、調査書は、学校教育法施行規則五九条一項の規定により学力検査の成績等と共に入学者の選抜の資料とされ、その選抜に基づいて高等学校の入学が許可されるものであることにかんがみれば、その選抜の資料の一とされる目的に適合するよう生徒の学力はもちろんその性格、行動に関しても、それを把握し得る客観的事実を公正に調査書に記載すべきであつて、本件調査書の備考欄等の記載も右の客観的事実を記載たものであることは、原判決の適法に確定したところであるから、所論の理由のないことは明らかである。
3 上告理由第一点のうち、調査書の制度が生徒の思想、信条に関する事項を評定の対象として調査書にその記載を許すものとすれば、調査書の制度自体が憲法一九条に違反するものとする点については、原判決の認定しない事実関係を前提とする仮定的主張であるから、到底採用することができない。
4 上告理由第一点のうち、原判決が、公立中学校の生徒には表現の自由の保障があるのに、その内在的制約の基準を明示せず、何の理由も付さずに、上告人が校内の秩序に害のある行動に及んだと認定したのは、理由不備の違法があるものとする点については、原判決は、適法詳細に認定した事実、すなわち、上告人が生徒会規則に違反し、再三にわたり学校当局の許可を得ないでビラ等を配付したこと、学校文化祭当日他校の生徒を含め一〇名の中学生と共にヘルメットをかぶり、覆面をして裏側通用門を乗り越え校内に立ち入つて、校舎屋上からビラをまき、シュプレヒコールをしながら校庭一周のデモ行進をしたこと、校舎壁面や教室窓枠、ロッカー等に落書をしたこと等の事実をもつて、「生徒会規則に違反し、校内の秩序に害のあるような行動に及んで来た場合」であると判断しているのであつて、何ら理由不備の点はなく、また表現の自由の内在的制約の基準を明示的に判示していないが、表現の自由といえども右のような行為を許容するものでないことを前提として判断していることは明らかであるから、所論は採用できない。
5 上告理由第一点のうち、本件調査書の備考欄等に記載された上告人の行動は、いずれも思想、信条又は表現の自由の保障された範囲の行動であるのに、これをマイナス評価の対象として本件調査書に記載したものであるところ、上告人の思想、信条又はこれにかかわる右の行動をマイナス評価の対象とすることを違法でないとした原判決の判断は、憲法一九条、二一条に違反するものとする点について
(一)憲法一九条違反の主張については、所論はその前提を欠き採用できないものであることは、前記一の2において判示したとおりである。
(二)憲法二一条違反の主張について
 原判決の適法に認定したところによると、本件中学校においては、学校当局の許可を受けないで校内においてビラ等の文書を配付すること等を禁止する旨を規定した生徒会規則が存在し、本件調査書の備考欄等の記載事項中、上告人が麹町中全共闘を名乗つて機関紙「砦」を発行したこと、学校文化祭の際ビラまきを行つたこと、ビラを配付したり落書をしたことの行為がいずれも学校当局の許可なくしてされたものであることは、本件調査書に記載されたところから明らかである。
 表現の自由といえども公共の福祉によつて制約を受けるものであるが(最高裁昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判決・民集三八巻一二号一三〇八頁参照)、前記の上告人の行為は、原審の適法に確定したところによれば、いずれも中学校における学習とは全く関係のないものというのであり、かかるビラ等の文書の配付及び落書を自由とすることは、中学校における教育環境に悪影響を及ぼし、学習効果の減殺等学習効果をあげる上において放置できない弊害を発生させる相当の蓋然性があるものということができるのであるから、かかる弊害を未然に防止するため、右のような行為をしないよう指導説得することはもちろん、前記生徒会規則において生徒の校内における文書の配付を学校当局の許可にかからしめ、その許可のない文書の配付を禁止することは、必要かつ合理的な範囲の制約であつて、憲法二一条に違反するものでないことは、当裁判所昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決(民集三七巻五号七九三頁)の趣旨に徴して明らかである。したがつて、仮に、義務教育課程にある中学生について一般人と同様の表現の自由があるものとしても、前記一の2において説示したとおり、調査書には入学者の選抜の資料の一とされる目的に適合するよう生徒の性格、行動に関しても、これを把握し得る客観的事実を公正に記載すべきものである以上、上告人の右生徒会規則に違反する前記行為及び大学生ML派の集会の参加行為をいずれも上告人の性格、行動を把握し得る客観的事実としてこれらを本件調査書に記載し、入学者選抜の資料に供したからといつて、上告人の表現の自由を侵し又は違法に制約するものとすることはできず、所論は採用できない。
二 上告理由第二点について
 所論は、教師が教育関係において得た生徒の思想、信条、表現行為及び信仰に関する情報は、調査書に記載することによつて志望高等学校に開示することができないものであるにもかかわらず、この情報の本件調査書の記載を適法とした原判決は、憲法二六条、一三条に違反する旨を主張するのであるが、本件調査書の備考欄等の記載は、上告人の思想、信条そのものの記載でもなく、外部的行為の記載も上告人の思想、信条を了知させ、またそれを評価の対象とするものとはみられないのみならず、その記載に係る行為は、いずれも調査書に記載して入学者の選抜の資料として適法に記載し得るものであるから、所論違憲の主張は、その前提を欠き、採用できない。
 また、所論の憲法二六条のほか一三条違反をも主張する趣旨が本件調査書の記載が教育上のプライバシーの権利を侵害するものであるとするならば、本件調査書の記載による情報の開示は、入学者選抜に関係する特定小範囲の人に対するものであつて、情報の公開には該当しないから、本件調査書の記載が情報の公開に該当するものとして憲法一三条違反をいう所論は、その前提を欠き、採用することができない。
三 上告理由第三点について
 所論は、憲法二六条により生徒には合理的、かつ、公正な入学者選抜の手続を経て進学する権利が保障され、これを調査書についていえばそれが合理的、かつ、公正に作成提出される権利があるのであるから、調査書には入学者選抜に無関係な事項及び入学者選抜において考慮してはならない事項はすべて記載すべきではないにもかかわらず、本件調査書の備考欄等の記載事項は、入学者選抜の資料に供し得ない上告人の思想、信条、表現の自由に関する事項であつて、同条に違反するとする趣旨であるが、本件調査書の備考欄等の記載事項は、いずれも入学者選抜の資料に供し得るものであることは既に判示したとおりであるから、所論違憲の主張は、その前提を欠き、採用できない。
四 上告理由第四点について
 所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないか、又は独自の見解に基づいて原判決を非難するものにすぎず採用することができない。
五 上告理由第五点について
 所論は、本件において、上告人が卒業生全員の卒業式に出席することによつて、卒業式の教育的意義を没却する事態が生ずるという蓋然性を予測することができなかつたことを前提として、憲法二六条、学校教育法四〇条、二八条三項違反を主張するものであるところ、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人を卒業生全員の卒業式に出席させれば卒業式に混乱を生じさせるおそれがあつたとする原審の判断は、正当として是認することができるのであつて、所論のいう蓋然性を予測することができたものというべきであるから、所論は、その前提を欠き、採用することができない。
六 上告理由第六点及び第七点について
 本件記録に現われた本件訴訟の経過によれば、原判決に訴訟手続の違背その他所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないでこれを論難するものであつて、採用することができない。
七 上告理由第八点について
1 上告理由第八点のうち、本件調査書の作成提出行為と上告人が各高等学校に不合格となつたこととの間には相当因果関係がないとした原判決には、経験則違背があるとする点については、原審の右判断は、本件調査書の作成提出行為に違法な点がないとする原審の判断が正当である限り、判決の結論に影響を及ぼさないものであるところ、本件調査書の作成提出行為に違法な点がないとする原審の判断が正当であることは前示のとおりであるから、論旨は、ひつきよう、原判決の結論に影響を及ぼさない点について原判決を非難するものであつて、採用することができない。
2 上告理由第八点のうち、右1以外の経験則違背、理由不備を主張する点について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎないか、原判決を正解せず、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 奥野久之)