(いわゆる「富士重工業事件」最判。なお太字は裁判所HP判例集表記のママ)
 
事件番号 昭和49(オ)687
事件名 譴責処分無効確認(通称 富士重工業けん責)
裁判年月日 昭和52年12月13日
法廷名 最高裁判所第三小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄自判
判例集巻・号・頁 第31巻7号1037頁
 
原審裁判所名 東京高等裁判所  
原審事件番号
原審裁判年月日 昭和49年04月26日
 
判示事項 使用者の行う企業秩序違反事件の調査と労働者の協力義務
 
裁判要旨 労働者は、使用者の行う他の労働者の企業秩序違反事件の調査について、これに協力することがその職責に照らし職務内容となつていると認められる場合でないか、又は調査対象である違反行為の性質・内容右違反行為見聞の機会と職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して、右調査に協力することが労務提供義務を履行するうえで必要かつ合理的であると認められる場合でない限り、協力義務を負わない。
 
参照法条 民法623条,労働基準法第2章
 
 
主    文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
 
 
理    由
 上告代理人大森鋼三郎、同福地明人、同小島成一、同渡辺正雄、同上条貞夫、同坂本修、同高橋融、同西村昭、同松井繁明、同田中敏夫、同原田敬三、同伊志嶺善三、同小林亮淳、同福地絵子、同秋山信彦、同永盛敦郎、同今村征司、同山本真一、同瑞慶山茂、同柳沢尚武、同白垣政幸、同小池振一郎、同田辺紀男、同岡林辰雄、同上田誠吉、同植木敬夫、同寺本勤、同中田直人、同福島等、同渡辺脩、同谷村正太郎、同橋本紀徳、同西嶋勝彦、同田中富雄、同岡部保男、同白石光征、同荒井新二、同西山明行、同佐藤勉、同城口順二、同小川芙美子、同藤本斎、同川名照美、同岡田弘隆、同平野大の上告理由第三点、第四点について
一 原判決の確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。
(一) 上告人は、昭和四一年四月被上告会社に雇用され、産機部業務課に勤務していた。
(二) 被上告会社は、電話交換手の訴外A及び経理部財務課勤務の訴外Bの両名が、昭和四四年七月下旬ころから同年八月二〇日ころにかけて、就業時間中上司に無断で職場を離脱し、就業中の他の従業員に対し原水爆禁止の署名を求めたり、原水爆禁止運動の資金調達のために販売するハンカチの作成を依頼したり、あるいはこれを販売したりするなど就業規則に違反する行為をしたとして、同月二〇日ころから右事実関係の調査に乗り出し、関係の従業員からの事情聴取を進めた結果、Aが上告人に対してもハンカチの作成を依頼していたこと及び上告人もまた被上告会社の従業員である訴外Cほか一名に対してハンカチの作成を依頼していたことなどが明らかとなつた。
(三) そこで、被上告会社では、同年八月二五日午前一〇時ころから午前一一時三〇分ころまで、D人事部人事課長らが、主としてAの就業規則違反の事実関係を更に明確に把握することを目的として、上告人に対して事情聴取を行つた。右事情聴取(以下「本件調査」という。)において、上告人は、ハンカチの作成の有無及び作成依頼者の氏名、その作成枚数、原水爆禁止の署名の依頼及びハンカチの作成、販売に関する行為者の氏名、その時間、場所等のほか、第一五回原水爆禁止世界大会富士重工本社内実行委員会のメンバー、資金カンパと署名の集計状況について尋ねられたが、Aに頼まれてハンカチを作成した旨を答えたほか、「何枚、作りましたか。」との問いに対しては「わかりません。」と述べ、「原水禁富士重工内実行委員会とはどういうものですか。」との質問に対しては、「どうして、そういうことを聞くのですか。」、「答える必要がありません。」と、反問し、あるいは返答を拒否し、その後は、答えるように説得されても、ほとんど答えなかつた。また、上告人は、その際、Cらに対するハンカチ作成依頼の有無についても尋ねられたが、被上告会社では既に右事実のあつたこと及び上告人が右の依頼をしたのが休憩時間中であることもわかつているとのことであつたので、「なんで、そのようなことを聞く必要があるのですか。」と反問して答えなかつた。
(四) そこで、被上告会社は、上告人が右調査に協力しなかつたことは、「従業員は上長の指示に従い上長の人格を尊重して互に協力して職場の秩序を守り、明朗な職場を維持して作業能率の向上に努めなければならない。」と定める就業規則一七条及び「従業員は秩序を維持し業務の運行を円滑にするため次の事項を守らなければならない。1 会社の諸規則、命令を守ること」と定める同一八条一号に違反し、同七〇条が譴責又は減給の懲戒事由として定める同条一号所定の「会社の諸規則通達等に違反したとき」に該当するとともに、上告人の右行為は、同条三号所定の「他人の不都合な行為を故意にかくしたとき」に準ずる不都合な行為であつて、同条九号所定の「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつたとき」にも該当するとして、同年一〇月七日上告人を懲戒譴責処分(以下「本件懲戒処分」という。)に付した。
(五) 被上告会社では、労働協約によつて苦情処理手続が設けられ、組合員の苦情は、この手続に従い、労使同数の代表によつて構成される二審制の苦情処理委員会において解決が図られることになつていたが、上告人は、本件懲戒処分を不服として、同年一〇月二〇日第一審たる本社苦情処理委員会に対して苦情申立てをしたが、同月二八日右申立てを棄却されたので、更に、同年一一月二日第二審たる中央苦情処理委員会に対して右同様の申立てをしたが、同月二七日右申立ても棄却された。
 
二 右の事実関係から明らかなように、本件懲戒処分は、上告人に本件調査に協力すべき義務があり、かつ、その義務違反があつたとの前提に立つてされたものである。
しかしながら、本件懲戒処分は、次に述べるとおり、右の前提を欠くものであつて、違法無効といわなければならない。
そもそも、企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであり、企業は、この企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもつて一般的に定め、あるいは具体的に労働者に指示、命令することができ、また、企業秩序に違反する行為があつた場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、又は違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができることは、当然のことといわなければならない。しかしながら、企業が右のように企業秩序違反事件について調査をすることができるということから直ちに、労働者が、これに対応して、いつ、いかなる場合にも、当然に、企業の行う右調査に協力すべき義務を負つているものと解することはできない。けだし、労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによつて、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負うが、企業の一般的な支配に服するものということはできないからである。そして、右の観点に立つて考れば、当該労働者が他の労働者に対する指導、監督ないし企業秩序の維持などを職責とする者であつて、右調査に協力することがその職務の内容となつている場合には、右調査に協力することは労働契約上の基本的義務である労務提供義務の履行そのものであるから、右調査に協力すべき義務を負うものといわなければならないが、右以外の場合には、調査対象である違反行為の性質、内容、当該労働者の右違反行為見聞の機会と職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して、右調査に協力することが労務提供義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められない限り、右調査協力義務を負うことはないものと解するのが、相当である。
これを本件についてみると、本件調査の状況は前記のとおりであるが、右調査に協力すべきことが上告人の職務内容となつていたことは、原審の認定しないところである。また、右調査は主としてAの就業規則違反の事実関係を更に明確に把握することを目的としてされたものであるというのであるが、上告人に対する具体的な質問事項の内容、殊に上告人が返答を拒んだ質問事項のうち主要な部分は、Aが就業中の上告人に対しハンカチの作成を依頼したり、原水爆禁止の署名を求めたりして上告人の職務執行を妨害しなかつたかどうか等上告人の職務執行との関連においてAの就業規則違反の事実を具体的に聞き出そうとするのではなく、上告人その他被上告会社の従業員の一部が行つていた原水爆禁止運動の組織、活動状況等を聞き出そうとしたものであり、また、その際併せて質問された上告人のCらに対するハンカチ作成依頼の件も、被上告会社では既にそれが休憩時間中にされたものであることを了知していたというのであるから、上告人が右調査に協力することが上告人の労務提供義務の履行にとつて必要かつ合理的であつたとはいまだ認めがたいものといわなければならない。
したがつて、以上のような事実関係のもとにおいては、上告人には本件調査に協力すべき義務はないものというべく、右義務のあることを前提としてされた本件懲戒処分は違法無効といわなければならない。
 
三 原審は、企業の行う企業秩序違反事件の調査に対する労働者の協力義務の存否、程度等は、秩序違反と疑われた事項、調査の方法、当該労働者の職務内容等の諸事情との複雑な関連において具体的、個別的に決せられるべきものであり、更にその協力義務違反を理由とする処分の内容、程度とも微妙にかかわるものであるところ、本件においては、本件懲戒処分によつて上告人が当面昇給その他において特段の差別的取扱いを受けていることは認められず、また、一般に譴責処分は懲戒処分としてはもつとも軽微な処分であることからすれば、裁判所は、被上告会社の行う本件調査に対する上告人の協力義務の存否及び右義務違反の成否等を判断するにあたつて、原判示(原判決一二枚目表七行目から一一行目まで)の特別の事情の存しない限り、被上告会社内における労働組合の代表的立場にある者の前記諸事情に関する評価判断を無視すべきではないと立論したうえ、これを前提として、本件においては、前記第一審及び第二審の苦情処理委員会において労使の代表委員が全員一致で上告人には右調査に対する協力義務があり、かつ、その違反があると認定判断しており、しかも、前示のような特別の事情の存することも認められないから、裁判所は、苦情処理委員会が右の結論に至つた前記諸事情についての判断を相当なものとして尊重すべきであり、それによれば、本件懲戒処分は妥当なものであつて違法無効とはいえない、と判断した。しかしながら、企業の行う懲戒処分が事実上の基礎に基づくものであるかどうか、すなわち、懲戒事由の存否の問題は、右懲戒処分の適否を審査する裁判所の判断に服すべき問題であるから、裁判所が、本件懲戒処分が事実上の基礎に基づくものであるかどうか、すなわち、本件調査協力義務の存否及び右義務違反の成否等を認定判断するにあたつて、労働組合の代表的立場にある者のこれについての認定判断をその一資料として考慮するのは格別、原判示のように、特別の事情の存しない限り、これを尊重し、右懲戒処分の適否の判断に採り入れなければならないと解すべき理由はないものといわなければならない。そして、本件懲戒処分の適否に関する当裁判所の前示結論は、被上告会社内の労使の代表委員によつて構成される前記第一審及び第二審の苦情処理委員会が、上告人には本件調査に対する協力義務があり、かつ、その違反があると認定判断していることを考慮しても、これを動かす必要があるものとは認められない。
 
四 そうすると、本件懲戒処分を違法無効とはいえないとした原審の判断には、ひつきよう、法律の解釈適用を誤つた違法があるものというべきであり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、既に説示したところによれば、その余の上告理由に論及するまでもなく、上告人の本訴請求は正当として認容すべきであるから、これと結論を同じくする第一審判決は正当であり、被上告会社の控訴はこれを棄却すべきものである。
よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 
最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官    服   部      顯
裁判官    天   野   武   一
裁判官    江 里 口   清   雄
裁判官       辻   正   己
裁判官    環       昌   一
 
 
上告代理人目録
大 森 鋼三郎  福 地 明 人  小 島 成 一
渡 辺 正 雄  上 条 貞 夫  坂 本   修
高 橋   融  西 村   昭  松 井 繁 明
田 中 敏 夫  原 田 敬 三  伊志嶺 善 三
小 林 亮 淳  福 地 絵 子  秋 山 信 彦
永 盛 敦 郎  今 村 征 司  山 本 真 一
瑞慶山   茂  柳 沢 尚 武  白 垣 政 幸
小 池 振一郎  田 辺 紀 男  岡 林 辰 雄
上 田 誠 吉  植 木 敬 夫  寺 本   勤
中 田 直 人  福 島   等  渡 辺   脩
谷 村 正太郎  橋 本 紀 徳  西 嶋 勝 彦
田 中 富 雄  岡 部 保 男  白 石 光 征
荒 井 新 二  西 山 明 行  佐 藤   勉
城 口 順 二  小 川 芙美子  藤 本   斎
川 名 照 美  岡 田 弘 隆  平 野   大
岡 田 和 樹  永 瀬 彩 子  中久保 秀 樹
斉 藤 健 児  小 木 和 男  斉 藤 鳩 彦
菅 原 哲 朗  酒 井   和     以 上
 
 
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