事件番号 昭和46(し)67
事件名 再審請求棄却決定に対する異議申立棄却決定に対する特別抗告事件
裁判年月日 昭和50年05月20日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 決定
結果 棄却
判例集巻・号・頁 第29巻5号177頁
 
原審裁判所名 札幌高等裁判所  
原審事件番号 
原審裁判年月日 
 
判示事項
一 刑訴法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」の意義
二 刑訴法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」か否かの判断方法
三 再審請求に対する審判と「疑わしいときは被告人の利益に」という原則との関係
 
裁判要旨
一 刑訴法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき
  合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる盡然性のある証拠をいう。
 
二 刑訴法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」であるかどうかは、もし当の証拠が確定
  判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてされたよう
  な事実認定に到達したであろうかという観点から、当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべ
  きである。
 
三 刑訴法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」であるかどうかの判断に際しても、再審
  開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、
  「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用される。
参照法条 刑訴法435条6号
 
 
 
主    文
     本件抗告を棄却する。
         
 
理    由
 (抗告趣意に対する判断)
 弁護人杉之原舜一ら連名の抗告趣意第一、第三、第四について所論は、申立人提出の所論証拠弾丸に
関する証拠が、いまだ刑訴法四三五条六号所定の再審理由にあたるものではないとした原決定の判断を論
難する事実誤認、単なる法令違反の主張に帰し、同法四三三条所定の適法な抗告理由にあたらない。
 
 同抗告趣意第二について
 所論は、申立人の本件再審請求が刑訴法四三五条一号、二号、四三七条所定の再審理由のある場合に
あたるとして、原決定の違憲(憲法三一条、三七条違反)をいうが、記録によると、申立人の本件再審請求
は、刑訴法四三五条六号所定の再審理由にあたる事実があるものとしてなされたことが明らかであるとこ
ろ、再審請求受理裁判所は、再審請求の理由の有無を判断するにあたり、再審請求者の主張する事実に拘
束され、原裁判所も右再審請求受理裁判所の判断の当否について審査することができるにとどまるから、右
の事実以外のあらたな事実を主張して原決定の判断を論難することは許されないものというべく、結局、所
論は、原決定の説示に副わない事実を前提として原決定の違憲を主張するものに帰し、同法四三三条所定
の適法な抗告理由にあたらない。
 
 同抗告趣意第五について
 所論のうち、違憲(憲法三一条違反)をいう点は、その実質は、すべて事実誤認、単なる法令違反の主張で
あり、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、いずれも刑訴法四三三条所
定の適法な抗告理由にあたらない。
 なお、同法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定に
つき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、
右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていた
とするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観
点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断忙際しても、再審開始のた
めには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わし
いときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。
 この見地に立つて本件をみると、原決定の説示中には措辞妥当を欠く部分もあるが、その真意が申立人に
無罪の立証責任を負担させる趣旨のものでないことは、その説示全体に照らし明らかであつて、申立人提出
の所論証拠弾丸に関する証拠が前述の明らかな証拠にあたらないものとした原決定の判断は、その結論に
おいて正当として首肯することができる。申立人本人の抗告趣意について所論は、事実誤認、単なる法令違
反の主張であつて、刑訴法四三三条所定の適法な抗告理由にあたらない。
 
 (原決定の結論を正当と認める理由)なお、弁護人及び申立人の所論にかんがみ、当審が原決定の判断
はその結論において正当として首肯することができるものとする理由を付言すれば、以下のとおりである。
 一 所論は、要するに、申立人が本件再審請求にあたり提出し原決定において新規性があるものとされた
証拠、すなわち、発射弾丸の腐食実験に関する鑑定書、所論証拠弾丸の綫痕の幅、角度、キズ等の比較対
照・測定に関する鑑定書等(以下「新証拠」という。)によれば、原確定判決(以下「原判決」という。)が有罪認
定の証拠として挙示する二個の弾丸(札幌高等裁判所昭和三二年領第八八号の証二〇七号及び同二〇八
号の各弾丸、以下「証拠弾丸」一という。)の腐食状況からして、その証拠弾丸が発見押収されるまで一九箇
月または二七箇月もの長期間にわたり札幌市郊外幌見峠滝ノ沢山中の土中に埋没していたものとは認めら
れず、また、a課長の体内から摘出された弾丸(前回領号の証二〇六号の弾丸、以下「摘出弾丸」という。)と
証拠弾丸とを比較すると、両者は、そり綫丘痕等の状況からして、同一の拳銃から発射されたものとは認め
られないにもかかわらず、原判決は、これに反する認定をしたのに対し、原決定は、これらの点に関し、新証
拠である右鑑定書等の見解に従つて判断したものであるから、結局、原決定は、証拠弾丸が捜査機関によ
つて偽造されたものであることを承認しながら、一方におやて原判決の事実認定において証拠弾丸の占める
重要性を不当に過小評価し、結論として新証拠が刑訴法四三五条六号所定の「無罪を言い渡すべき明らか
な証拠」(以下「証拠の明白性」という。)にあたらないとしたのは、不当であるというのである。
 なるほど、原決定は、申立人提出の新証拠に基づき、証拠弾丸が「一九月ないし二七月幌見峠の土中に
埋没していた可能性は、絶無であるかどうかは別としてきわめて小さくなつたと考えられる」とし、また、証拠
弾丸と摘出弾丸とが「同一の拳銃から発射されたことについては、その可能性が絶無であるかどうかは別と
して、少くとも大きな疑問を生じたといわなければならない」と説示している。
 しかし、原決定は、右説示に引き続き、「前記二点が完全に否定されるかどうかは、しばらくこれを措くとし、
かりに右二点を消極に解した場合、それが原確定判決の認定に、どのような影響を与えることとなるかとの
観点から、検討を進めることとする」として、証拠弾丸の長期埋没の可能性及び三弾丸の発射拳銃の同一性
の可能性をいずれも否定した場合における原判決の証拠関係を検討した結果、原判決の有罪認定はこれを
覆すに足りず、申立人提出の新証拠は、いまだ証拠の明白性の要件を具備するものではないとの結論に到
達しているのであつて、このことは、原決定の説示に照らし明らかなところである。したがつて、原決定は、所
論が主張するように、証拠弾丸の証拠価値を完全に否定し、証拠弾丸が前記幌見峠の山中に長期間埋没し
ていたものとは認められないとか、また、証拠弾丸と摘出弾丸とが同一拳銃から発射されたものとは認めら
れないとか、ひいては証拠弾丸が捜査機関によつて偽造されたものであるなどと断定しているものでないこ
とが明らかであるから、原決定は証拠弾丸が偽造されたものである旨を認定したとの前提に立つて原決定を
論難する所論は、その前提自体において失当というほかはない。
 
 二 ところで、申立人は、本件再審請求の審理の過程で、証拠弾丸に関する新証拠を多数提出しており、
その中でも下平三郎教授らの弾丸の応力腐食割れに関する実験結果についての新証拠(とくに、証二九
号、証三〇号)は、科学的根拠のあるものとして尊重すべきものと認められる。もつとも、合成金属の応力腐
食割れ現象が環境条件によつて大きく左右されることは、一般に承認されているところであり、下平教授らの
した右実験の際の環境条件と証拠弾丸が発見押収されるまでの環境条件とが全く同一であつたという保障
はないのであるから(記録によると、右実験は、証拠弾丸の発見当時の埋没状態と同一の状態を実験期間
中保守してなされたものであるが、証拠弾丸が発見当時と終始同一の埋没状態にあつたという保障はなく、
また、証拠弾丸の発見場所は、右実験当時、既に石材採取場となつていて、現場実験を行うことができない
ので、右実験は証拠弾丸の発見された場所から少し上方の場所で行われたことが明らかである。)、右実験
結果がそのまま直ちに本件証拠弾丸にあてはまるとするには疑問が残るとしなければならない。しかし、こ
の点の疑問を考慮に入れても、原決定の説示するとおり、証拠弾丸の証拠価値が「原判決当時に比べ大幅
に減退したと言わざるを得ない」のであるとするならば、それが原判決の証拠判断に影響を及ぼす可能性の
あることは否定しがたいところである。すなわち、原判決は、有罪認定の証拠として多数の関係証拠とともに
証拠弾丸を挙示しており、一般に、総合認定における各証拠は、相互に関連するものとして裁判官の心証形
成に作用するものであるから、証拠弾丸の証拠価値が原判決当時に比べ大幅に減退したことを前提とする
かぎり、単に証拠弾丸の証拠価値の低下という問題にとどまらず、証拠弾丸と相互に関連する他の証拠の
信憑性に影響を及ぼすことのありうるのはもとより、証拠弾丸の証拠価値の低下の反射的効果ないしこれと
相互関係にあるものとして、証拠弾丸に関し第三者の作為ひいては不公正な捜査の介在に対する疑念が生
じうることも否定しがたいといわなければならない(しかし、それはあくまでも疑念にとどまるものであつて、そ
れ以上に出るものではない。)。刑訴法四三五条六号の運用は、同条一号、七号等との権衡を考えて同条全
体の総合的理解の上に立つてなされるべきものであり、したがつて、もし、かりに右のような疑念があるとす
れば、新証拠と他の全証拠との総合的な評価により原判決の認定に合理的な疑いを生じることになるかどう
かを判断するにあたつて、このことを充分に念頭に置き、とくに厳密な審査を加えることを要するものといわ
なければならない。そこで、右のような見地に立つて、原決定の当否を審査することとする。
 
 三 証拠弾丸の証拠価値の変動が他の証拠の信憑性にどのような影響を及ぼし、ひいては原判決の事実
認定にどのような影響を及ぼすことになるかを検討するにあたつては、何よりもまず、原判決の有罪認定とそ
の証拠関係の中で、証拠弾丸が有罪認定の証拠としてどのような位置を占め、裁判官の心証形成上どの程
度の比重をもつものであるかを明らかにすることが必要である。そこで、原判決の有罪認定とその証拠関係
を見ると、その骨子は次のとおりである。
 (一)申立人が本件再審請求の対象とする事実は、原判決が引用する第一審判決(以下「第一審判決」とい
う。)判示第二の(七)の事実、すなわち、原決定が要約するとおり、「昭和二七年一月申立人bがc、dらとa警
備課長の殺害を共謀し、dらをしてa課長の動静調査を行なわせ、その間dを殺害の実行担当者に選び・ブロ
ーニンダ拳銃を携行させ、a課長殺害の企図実現に努めるうお、同月二一日午後七時四二分ころdにおい
て、札幌市ab丁目c(原決定に「三輪」とあるは誤記と認める。)方前附近で、所携のブローニング拳銃を二発
発射してa課長を殺害したしという事案(以下「要証事実という。)である。また、第一審判決は、右要証事実に
関連する事実の一つとして、申立人が昭和二六年一〇月ごcら共謀のうえ、eを介してブローング拳銃一丁及
びその実包約一〇〇発を入手して保管していたとの事実(第一審判決判示第二の(二)の(2)の(イ)の事
実)を認定しており、原判決及びその引用する第一審判決は、申立人らが入手し保管していた拳銃とdがa課
長の殺害に使用した拳銃とは同一拳銃であるという趣旨り認定をしていることが、その説示に照らし一て明ら
かである。(二)ところで、第一審判決は、要証事実の認定資料として多数の証拠を挙示しているが、その補
足説明において、要証事実を推認ずるための間接事実として二七箇の事実を認定し(原判決が除外した事
実を除く。)、各事実につき関係証拠を挙
 示している。すなわち、(A) 証拠弾丸に直接関係する間捧事実として「fらがブローニング拳銃の射撃訓練
をした場所から発見された二個の弾丸とa課長の体内より発見された弾丸は、いずれも公称口径七・六五粍
ブローニング自動装填式拳銃または同型式の腔綫を有する拳銃より発射されたものと認められること、右の
三弾丸の綫条痕には極めて類似する一致点が存すること」との事実を認定し、その証拠として、証拠弾丸、
摘出弾丸、証拠弾丸の発見差押に関する捜索差押調書、各弾丸の綫条痕の類似性に関するg作成の鑑定
書、第一審裁判所の証人gに対する尋問調書等を挙示している。(B) 他方、h、f、iの第一審公判廷におけ
る各証言(以下、公判廷における証言は、便宜上「公判証言」と略称する。) を中心として、j、k、lの各公判
証言、m、n、oの検察官に対する各供述調書(以下、検察官に対する供述調書は、便宜上「検察官調書」と
略称する。)(以上の供述者は、いずれも事件当時p党関係者である。)等を証拠として、その余の間接事実
を認定しているが、その中で注目すべきものを摘記すると、(1) 当時a課長は、p党員から弾圧者として敵視
されていたこと、(2) 申立人は、昭和二六年一二月下旬幹部教育の席上、「aは、もう殺してもいいやつだ
な。」と述べていたこと、(3) hは同月一下旬ブローニング拳銃を携行しているcに会つた際、同人が「年末
警戒で警察官も出ているし、何か言つたら一発ぶつ致してやるんだ。」などと言つたので、その二、三日後申
立人に会つてその話をしたところ、申立人は、「全党に模範を示すんだろう。警察官の一人や二人やつたた
て浮かないさ。」「p党を名乗つて堂々とaを襲撃しようか。」などと言つていたこと、(4) 申立人は、同月末fら中核自衛隊員に対し、いわゆる坐込み事件を契機とするq市長宅、r検事宅への投石等の闘争を指示した
際、a課長は警察官でもあるし、年が明けてから慎重に計画し徹底的にやる旨述べていたこと(ちなみに、右
坐込み事件とは、第一審判決の認定したところによると、昭和二六年一二月二七日s労働組合所属の日傭
労務者らが札幌市役所において札幌市長qに対し「餅代よこせ」などと要求して坐り込み、これに参加したp
党員らが住居侵入により同市警察本部警備課長aの指揮する警察官に検挙された事件を指し、申立人は、
これを不当弾圧であるとして、右事件の責任者であるq市長、取調べに当つた札幌地方検察庁検事t及び右
a課長を目標として反撃し、いわゆる反フアツシヨ闘争を開始することを企て、中核自衛隊員らと共謀のうえ、
同月二九日及び三一日q市長、r検事の各居宅の玄関ガラス等に石、コンクリート塊等を投げつけ、これを投
棄したとされており、この事実は、暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項〔当時の規定〕の罪として、有罪が
確定している。第一審判決判示第二の(四)の事案参照)、(5) 申立人は、昭和二七年一月四日fら中核自
衛隊員に対し、a課長に対する攻撃は拳銃をもつてやる旨を告げ、そのため直ちにその動静を調査するよう
指示し、その日からa課長の動静調査が開始されたこと、(6) 右動静調査開始後一両日中にdがfらの調査
活動に加わつたこと、(7) 同月中旬dは路上でa課長と遭遇し、これを射殺すべく所携のブローニング拳銃
の引金を引いたが発射しなかつたため、未遂に終つたこと、(8) 申立人は、dのa課長殺害未遂の事実を知
つており、後にこれをhに語つていたヒと、(9) dも拳銃の射撃訓練を行つたことがあり、同月初旬ごろ二回
にわたり、hに対し、a課長は生かしておく必要がない旨を語つていたこと、(10) dは、同月二一日のa事件
に近いころ、自宅においてブローニング拳銃を所持していたこと、(11) dは、同月二二日ごろuに対し、a課
長の殺害犯人は自分である旨打ち明け、犯行の状況を詳細に説明していたこと、(12) 申立人は、hに対
し、a課長を射殺したのはdである旨を語つていたこと、(13) 事件の翌日の同月二二日午前、fが北大寮の
一室を訪ねた際、申立人がいわゆる天誅ビラの原稿を書いていたこと、(14) 申立人は、右ビラを印刷させ
これを札幌市内に頒布させたが、右ビラには、「見よ天誅遂に下る!」「sの凶敵!a市警課長の醜い末路こ
そ全フアシスト官憲共の落ちゆく運命である」との見出しのもとに、「人も知る悪名高いフアシストの親分! a
市警課長が殺されたことは、彼がながいあいだ権力をかさにきて悪行のかぎりをつくしてきたことからみてあ
まりにも当然のことである。、(中略)aはこのような市民弾圧の総指揮官であり(中略)
 
 四 右に検討した原判決及びその引用する第一審判決の基礎となつた証拠関係から明らかなとおり、原判
決は、証拠弾丸及びこれに関連するその他の証拠により前記三(二)(A)の間接事実を認定するとともに、他
方、証拠弾丸を除くその余の証拠、殊にh、f、iを中心とする当時のp党関係者らの公判証言等により前記三
(二)(B)の(1)ないし(19)の事実を含む合計二六個の間接事実を認定しているが、このうち前者は要証事
実との関係においては直接の関連性に乏しく、せいぜい保管拳銃と凶器拳銃との同一性を推断するための
一つの間接事実にすぎないのに反し、後者の二六個の間接事実は、いずれも多義的に解釈される余地のあ
るものではなく、相互に密接に関連しながら一義的に要証事実と結びつくものであり、決して証明力が弱いか
または充分でない情況証拠を漫然と量的に積み重ねたにすぎないものではないのである。このように、ま
ず、原判決の基礎となつた証拠関係に占める証拠弾丸の位置という見地から全般的に考察するかぎり、原
判決の認定は証拠弾丸に依拠しているものではなく、かりに原決定の説示するとおり、証拠弾丸の証拠価値
が原判決当時に比べ大幅に減退しそのために前記三(二)(A)の間接事実の認定に動揺を来たすとしても、
これによつて直ちに原判決のその余の間接事実の認定、ひいては要証事実の認定に合理的な疑いが生じ
る関係にあるものでないことは明らかである。そこで、このことを前提としながら、さらに個々の部分に立ち入
つて検討することにする。(1) 他の証拠の信憑性への影響についてもとより、新証拠を他の全証拠から切り
離し、新証拠のみに基づいて原判決の有罪認定が動揺するかどうかを判断すべきでないことは、既に説示し
たとおりであるが、同時にまた、証拠弾丸の証拠価値の変動による他の証拠の信憑性への影響を厳密に審
査しなくてはならない。(イ) f証言への影響について既に明らかにした原判決の証拠関係からすれば、原決
定の説示するとおり、証拠弾丸の腐食状況から、証拠弾丸が「一九月ないし二七月幌見峠の土中に埋没し
ていた可能性は、きわめて小さくなつた」とすると、何よりもまず、証拠弾丸の発見きれた場所で拳銃の射撃
訓練をしたというfの公判証言の信憑性、ひいては原判決の要証事実認定の上で重要な証拠とされている同
人の証言全般の信憑性が、問題となりうるであろう。しかし、fは、拳銃の射撃訓練に関し、同時に手りゆう弾
の爆発実験をも行つた旨の証言をしており、これを裏付ける物的証拠く前回領号の証一号、領置にかかる不
発の手りゆう弾)がある等、原決定の詳しく説示する理由により、同人の公判証言全般について、証拠弾丸
の証拠価値の変動を充分考慮に入れても、なおその証言の信憑性を否定しがたいとした原決定の判断は、
正当として是認することができる。(ロ) その他の証言等への影響について次に、原決定の判断に従い、証
拠弾丸の証拠価値に大幅な変動があつたことを前提として、証拠弾丸と直接関連する証拠ではないが要証
事実についての原判決の認定の上で重要な証拠とされたh、iの各公判証言の信憑性を慎重に検討しても、
その信憑性を否定しがたいとした原決定の判断は、正当として是認することができるのであり、その余の関
係証拠についても、確定記録に基づいて慎重な検討を加えたが、なんらその信憑性を疑うべき資料は発見
することができなかつたのである。(2) 拳銃の同一性に関する認定への影響について原判決は、保管拳銃
と凶器拳銃とが同一の拳銃であり、fらは保管拳銃を用いて射撃訓練をしたとの前提に立つものであり、ま
た、証拠弾丸と摘出弾丸とが原判決の右拳銃の同一性認定に関する物的証拠として唯一のものであつて、
右認定が要証事実についての原判決の認定の重要な基礎とされていることは、原判文に照らして明らかで
ある。したがつて、原決定の説示するとおり、証拠弾丸と摘出弾丸との綫丘痕等の状況から、三弾丸が「同
一の拳銃から発射されたことについては、少くとも大きな疑問が生じたといわなければならない」とすると、原
判決の右拳銃の同一性に関する認定ひいては要証事実についての原判決の認定の当否が問題となりうる
であろう。
 しかし、既に明らかにした原判決の証拠関係からすれば、原判決は証拠弾丸と摘出弾丸とを証拠として直
接に両者の発射拳銃の同一性を認定しているわけではなく、証拠弾丸、摘出弾丸その他の証拠から右事実
を認定しているのである。すなわち、摘出弾丸とfらが拳銃の射撃訓練をした現場から後日発見されたという
証拠弾丸との綫条痕に類似性があるとの事実(前記三(二)(A)参照)は、保管拳銃と凶器拳銃との同一性
を認めるべき一つの間接事実にすぎないのであり、原判決は、この間接事実のほか、前記三(二)(C)にお
いて説明したとおり、証拠弾丸及び摘出弾丸以外の証拠によつて認定した間接事実に基づき右拳銃の同一
性を認定しているのであつて、証拠弾丸と摘出弾丸とり綫条痕の類似性のみに基づいて右拳銃の同一性を
認定しているものではないから、証拠弾丸と摘出弾丸との綫丘痕等の状況から三弾丸が同一の拳銃から発
射されたことについて大きな疑問を生じたとしても、そのこどから直ちに原判決の右拳銃の同一性に関する
認定、ひいては要証事実についての認定が動揺するものとは認めがたいのである。
 なお、所論の証拠弾丸に関する新証拠は、たかだか本件の証拠弾丸が前記射撃訓練当時のものでないこ
とを指示するにすぎず、「射撃訓練当時のものであつて、しかも摘出弾丸を発射した拳銃とは異なる拳銃によ
つて発射されたものである」という趣旨のものではないのであるから、右拳銃の同一性を否定する積極的な
意義をもつものではないのである。(3) 原判決の基礎となつた証拠の特殊性原判決の事実認定の重要な
基礎となつたh、f、iらの各公判証言は、いわゆる転向者の証言であるとはいえ、いずれも公判廷におけるき
びしい反対尋問に耐えたものであつて、捜査官側の作成した供述調書がそのまま有罪認定の証拠とされて
いるものではない。これらの公判証言の信憑性が否定しがたいことは、既に説示したとおりであつて、これら
の証言が虚偽のものとされないかぎり、要証事実についての原判決の認定は、容易に動揺するものではな
いのである。もし申立人らにおいてこれらの証言が虚偽であると信じていたのであれば、つとにしかるべき法
的手段をとつていたはずである。(4)原判決を支持しうる積極的証拠原判決の認定する要証事実の骨子
は、dがa課長射殺の実行犯人であり、申立人が右殺害につきdと共謀関係にあつたというものであつて、d
が右殺害の実行犯人であるとの原判決の認定は、右殺害現場に通り合わせた目撃者の供述、事件発生の
直後にdから犯行状況の説明を受けたとするiの公判証言、原判決が認定するdの事件発生前の言動に照ら
し、証拠弾丸の証拠価値の変動にかかわらず、覆しがたいものといわなければならない。しかも、dが事件発
生の直後に逃亡し現在に至るまで行方不明となつていることは、本件記録上明らかであるところ、原判決の
挙示する証拠によれば、申立人が当時dの逃亡に関与したものと推認しうることは、原判決の判示するとおり
である。そして、原判決が要証事実を推断するために認定した多数の間接事実によつて明らかにされた事件
発生前後における申立人の言動、p党北海道地方委員会が申立人を含む同党札幌委員会全体に自己批判
を迫つた事情等に照らせば、当時同党札幌委員会の委員長の地位にあつた申立人と当時申立人の下で活
動していたdとが、a課長の殺害につき、共謀関係にあつたとする原判決の認定は、証拠弾丸の証拠価値の
変動にかかわらず、覆しがたいものといわざるをえないのである。
 以上(1)ないし(4)にわたつて試みた分析的な検討は、既述の全般的考察とあいまつて、原判決の正当で
あることを基礎づけるものである。
 
 五 要するに、所論の証拠弾丸に関する新証拠は、原判決の認定について合理的な疑いをいだかせるに
足りないというべく、右新証拠が刑訴法四三五条六号所定の証拠の明白性の要件を具備しないとした原決
定の判断は、その結論において正当として是認することができる。
 よつて、同法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
 
  昭和五〇年五月二〇日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    団   藤   重   光