(いわゆる「有毒飲食物等取締令違反事件」最大判。なお太字は当HP作者による。)
事件番号 昭和23(れ)1033
事件名 有毒飲食物等取締令違反
裁判年月日 昭和23年12月15日
法廷名 最高裁判所大法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集巻・号・頁 第2巻13号1783頁
原審裁判所名 大阪高等裁判所
原審事件番号
原審裁判年月日
判示事項
一 有毒飮食物等取締令の合憲性
二 有毒飮食物等取締令第四條第三項の合憲性
裁判要旨
一 有毒飮食物等取締令は憲法第三六條に違反しない。
二 有毒飮食物等取締令の刑が重いからと云つて憲法第一三條に違反するものではない。
三 有毒飮食物等取締令は裁判官に對して、良心に反する裁判を強うるもので憲法違反であるなどいうものではない。
四 有毒飮食物等取締令第四條第三項が勅令で刑法第六六條の適用を除外したからと云つて憲法に違反するものではない。
参照法条
有毒飮食物等取締令1條,有毒飮食物等取締令4條,有毒飮食物等取締令4條1項,有毒飮食物等取締令4條3項,憲法36條,憲法13條,憲法76條3項,日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力に關す
主 文
本件各上告を棄却する。
理 由
弁護人野口政治郎、同伊藤敬寿の各上告趣意について。
終戦後吾国においては、戦争中から引続いての著しい酒類欠乏のため、戦後の混乱に乗じ、メタノールを含有する有毒アルコール類を飲料として販売する者多く、そのため失明その他健康を害するは勿論、生命を失う者すら相当数を数うるに至つた。それで所論有毒飲食物等取締令(以下本令と記す)が制定された当時においては、その危険甚しく急速にこれを防止しなければならない状態に立ち至つたので、右有毒飲料の販売を厳重に取締るため、厳罰を以てこれに臨む必要を生じたのである。進駐軍司令部においても、この必要が痛感せられ、吾政府に向つて、メチール・アルコールその他の毒物を含む食料飲料品の販売、取引、所有等に対しては、二千円以上一万円以下の罰金或は三年以上十五年以下の懲役又はかかる罰金と懲役を併科せられるべき趣旨の法令を制定し、これを厳格に施行すべき旨の指令が発せられたのである。右の如く司令部の命令に特にその科すべき刑の種類、量までも詳細に定めてあつたことによつて見ても、その重要性が
わかるであろう。論旨は、この犯罪は直接に人の生命、身体を侵すものでなく、たゞ、将来の危険を生ぜしむるだけだから、その刑は軽くて然るべきだというけれども、これによつて実害を生ずる可能性は非常に多いのみならず、多数の者に害を及ぼすことにおいては、通常の個別的殺人若しくは傷害とは比較にならないのである。戦後人心の混迷に乗じ、かかる危険多き犯罪が広汎に行われるに至つた特別の時代において、急速にこれを防止すべき必要に迫られて制定された法令が、平時普通の世情を標準として制定された一般刑法に比し、多少共異る処あるは、寧ろ、理の当然といわなければならない。酌量減軽の規定の適用が認められないこと、その結果制定当時においては刑の執行猶予の余地がなかつたこと等についても、右のような理由があるのである。その是非は別問題として、これ等は立法政策乃至立法技術の当否、巧拙の問題であつて、憲法適否の問題ではない。即ち立法機関の裁量に委ねられた範囲のものである。体刑と金刑との間に隔りがあり過ぎるというようなことも、同じく右当否、巧拙の問題に帰する。刑罰については、憲法は何人も法律の定める手続によらなければ、刑罰を科せられない(第三一条)とし、又残虐な刑罰は絶対にこれを禁ずる(第三六条)として居るだけである。そして本令の定める刑が残虐の刑といゝ得ないのは勿論、尚本令の刑を以て予防せんとする犯罪行為は憲法第一三条にいう公共の福祉に甚しく反するものであり、これに対し本令所定の如き刑を科しても同条違反にならぬことも上来の説示で明らかであろう。少しでも政府に反対する者があれば、直ちに捕えて厳罰を科するとか、つまらない物を一つ盗んでも死刑に処するとか言うのならば、それは所論のように不当に人権を無視するものとか、軽視するものとかいうことになるであろう。然し本令の刑の如きは、冒頭説示したような相当の理由があつて定められたもので、これが一般刑法の刑に比して重いとか、刑法第六六条の適用がないとか、或は又体刑と金刑との間に若干の間隔があるとか言う理由で、憲法違反などというべきものではない。刑法第六六条の適用はなくても、本令の刑は十五年の体刑から二千円の金刑に至るまで、非常に広い幅があるのであるから、その間充分情状を酌量する余地があるのである。刑法第六六条を適用しないということは、結局情状の酌量は右二千円迄の範囲で充分という意に帰着するだけである。(所論の強盗殺人の如きは、刑が死刑又は無期懲役と非常に重く且つ狭く限定されて居るから、酌量減軽ということが考慮される要がある。酌量減軽しても尚七年の体刑で本令の二千円の罰金とは比較にならない重いものである。)裁判官も右の範囲で充分情状の酌量ができるのであつて、三年の懲役では重過ぎると思えば、罰金刑を言渡せばいいのである。懲役三年で重過ぎると思う場合に、一万円の罰金を言渡して、それでは軽過ぎると思う場合はそれはあるかも知れない。しかし、その軽過ぎるがために、良心に反して堪えられないというようなことは、理窟としては考え得るかも知れないけれども、実際上は殆んどないであろう。本令は裁判官に対して、良心に反する裁判をすることを強うるもので憲法違反であるなどいうものではない。各法令について一々右のような特殊の場合を考え、或る具体的の場合に、法の定める処が自己の意に添わないことがあるかも知れないという理由で、法令を憲法違反なりとして無効とするが如きことは、憲法が裁判官に向つて要求する処でないのは勿論許しても居ない処である。凡て裁判官は法(有効な)の範囲内において、自ら是なりと信ずる処に従つて裁判をすれば、それで憲法のいう良心に従つた裁判といえるのである。
尚論旨では、本令のような刑を命令を以て定めたのが不当で無効であるというけれども、本令が形式上有効のものであることは、日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律第一条の二によつても明らかであるし、又内容上違憲無効のものでないことは、上来説示の通りである。
以上の理由により、本件各上告は総て理由なきものとし、刑事訴訟法第四四六条に従い主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官全員一致の意見である。
検察官 岡本梅次郎関与。
昭和二三年一二月一五日
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官 塚 崎 直 義
裁判官 長 谷 川 太 一 郎
裁判官 沢 田 竹 治 郎
裁判官 霜 山 精 一
裁判官 井 上 登
裁判官 栗 山 茂
裁判官 真 野 毅
裁判官 島 保
裁判官 齋 藤 悠 輔
裁判官 藤 田 八 郎
裁判官 岩 松 三 郎
裁判官 河 村 又 介