「君が代・不起立個人情報保護裁判」横浜地裁判決(2011.08.31)
(なお、「太字」「*」等は当HP作成者による。)
 
主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
 
事実及び理由
第1 請求(省略)
第2 事案の概要(省略)
 
第3 当裁判所の判断
1 利用不停止決定処分の取消事由の有無について
(1)6条違反
 前述のとおり,神奈川県教育長は,平成16年11月30日付けで,各県立学校長に対し,入学式及び卒業式の実施に当たって,儀式的行事であることを踏まえた形態とし,教職員全員の役割分担を明確に定め,国旗は式場正面に掲げるとともに,国歌斉唱は式次第に位置付け,斉唱時に教職員は起立し,厳粛かつ清新な雰囲気の中で式が行われるよう取組の徹底を依頼し,「教職員が校長の指示に従わない場合や,式を混乱させる等の妨害行動を行った場合には,県教育委員会としては,服務上の責任を問い,厳正に対処していく」との通知を行い,その後も同様の通知を行っている。
 そして,高校教育課長は,神奈川県教育長の要請を受けて,各県立高等学校長に対し,卒業式及び入学式に係る調査を実施するよう求め,国歌斉唱時に教職員が起立しない事態が発生したときには,当該教職員の氏名や指導状況等を記載した経過説明書にまとめ,報告するように求めている。この経過説明書の様式は,「平成 年 月 日に卒業式・入学式を実施したところ,国歌斉唱の際に不起立であった教職員がおりましたので,その事実確認及び指導経過について報告します。」との表題のもと,「職名・氏名」「発生日時」「T 職員への指導及び事実確認の状況〈式以前の職員全体への指導,式当日の不起立の把握状況〉」「U 指導経過〈式以後の校長からの個別指導内容等〉」の各項目を記載するものとされている。
 
 他方,本件条例6条本文では,思想,信条及び宗教に関わる事項に関する個人情報を取り扱ってはならないとされている。原告らは,不起立情報は,君が代について否定的歴史観・世界観を表す情報であり,これを記載した経過説明書は,同条にいう思想,信条及び宗教に関する情報に当たると主張し,神奈川県個人情報保護審査会も,前述のとおり,平成19年10月24日付けの答申において,「不起立者の,国歌斉唱時に起立することを拒否するという行為は,不起立者に対してその理由を問わないとしても,過去において日の丸・君が代が果たしてきた役割を踏まえた,一定の思想信条に基づく行為であることが推知でき」「異議申立人が平成17年度卒業式において国歌斉唱時に起立しなかった事実の経過に係る情報は,異議申立人の一定の思想信条を推知し得る情報であるということができる」「本件情報は,異議申立人の政治的信念及び個人の人格形成の核心をなす人生観,世界観が発露した情報であって,条例第6条において原則取扱い禁止とされている思想信条に該当する情報である」と判断している。
 これに対し,被告は,ある教職員が日章旗と君が代について一定の歴史的評価に基づいて起立・斉唱を拒否しても,そのことは,当該教職員の歴史観・世界観や社会生活上の信念に基づく一つの選択であっても,一般的にはそれと不可分に結びつくものではなく,国歌斉唱時における不起立という情報から,特定の思想を推知することは困難であるから,かかる外形的情報をもって思想信条情報とはいえないと主張している。
 確かに,儀式的行為である入学式や卒業式において,参列者が起立して君が代を斉唱する行為それ自体は,一般的,客観的に見て,これらの式典における慣例上の儀式的な所作として外部から認識されるから,かかる行為が,客観的にみて,特定の歴史観,世界観を有することを外部に表明する行為であると評価することは困難である。そこで,入学式や卒業式において,国歌斉唱時に起立することを求めることが,直ちに原告らが有する君が代に対する歴史観や世界観を否定するものとはいえない。しかし,原告らが県教職員の立場で,入学式や卒業式における国歌斉唱時に起立するという職務命令(職務命令の有無を巡る論点については後述する。)に違反したとの情報については,別途検討を要する。すなわち,経過説明書には,不起立の理由は記載されていないものの,所属の校長が定める職務命令にもかかわらず,入学式や卒業式において国歌斉唱時に起立しなかったとの事実とこれを職務命令に違反するものとして式の前後に指導した状況に関する報告が記載されている。しかも,思想信条情報に当たることを否定する被告の主張するところによれば,校長が,国旗掲揚,国歌斉唱を卒業式や入学式の式次第に位置付けた上,卒業式や入学式を控えた時期(概ね1月から3月ころ)の職員会議等の場で,前記第2,1(2)の教育長通知について説明したり,内容を読み上げたり,写しを各職員に配布するなどの方法を通じて,式典に出席する教職員に国歌斉唱時に起立するよう命ずるとともに,入学式,卒業式における国歌斉唱時の起立が教職員の職務内容に含まれることを周知徹底していたというのであるから,この経過説明書には,かかる教育長通知に示された考え方には賛同できない一定の思想信条に基づいて,当該教職員がそれぞれ独自に「選択」した行為と当該行為がなされた状況が記載されていることになる。そうすると,ここにいう不起立情報は,当該教職員の国歌に対する歴史観・世界観や社会生活上の信念に直接結びつけることができる情報といえるから,思想信条に関する情報に当たるというべきであって,これを外形的行動から内心を確定的に推知できないとの理由で,思想信条情報ではないとか,本件条例上,保護に値する程度の思想信条と評価できないというものではない。
 
 そこで,本件不起立情報が,本件条例6条ただし書により思想,信条及び宗教に当たる事項に関する個人情報であっても例外として取扱いが認められる場合のうち「あらかじめ神奈川県個人情報保護審議会の意見を聴いた上で正当な事務若しくは事業の実施のために必要があると認めて取り扱うとき」に当たるかどうかについて検討する。
 まず,本件では,教育委員会は,平成19年10月30日付けで,神奈川県個人情報保護審議会に対し,卒業式及び入学式における不起立情報を,個人情報として取り扱うことにつき諮問をしている。同審議会の答申は,「思想信条情報を例外的に取り扱うとする,本件事務の正当性及び必要性を積極的に認めるという意味において,本件諮問の内容を適当とする答申を行うことはなし難い」としつつも,「最終的にいかなる職権行使をするかは,実施機関である教育委員会に条例上ゆだねられている」として,「実施機関としては,すでに前記審査会の答申内容は当審議会への本件諮問によって履行されているものと考えられよう」と述べ,本件条例6条ただし書が定める審議会への意見聴取については,履行したと評価できると答え,これを個人情報として取り扱うかどうかの最終的な判断を実施機関にゆだねている。
 以上からすると,本件条例6条ただし書のうち,「あらかじめ神奈川県個人情報保護審議会の意見を聴いた上で」という手続要件は充足されている。そこで次に,「正当な事務若しくは事業の実施のために必要があると認めて取り扱うとき」との要件充足の有無の検討が必要となる。
 
 被告は,上記の正当な事務若しくは事業の実施の必要性として,国歌斉唱時の教職員の不起立という職務命令違反に対し指導を行うために不起立者を把握する必要があると主張するところ,原告らは,別件訴訟(被告に対して,学校の入学式,卒業式に参列するに際し,国歌斉唱時に国旗に向かって起立し国歌を唱和する義務のないことの確認を求めた事件)の控訴審判決(東京高等裁判所平成21年(行コ)第284号事件)の事実認定(同判決では「県立学校の各校長は,本件教育長通知を受けて,入学式及び卒業式に際して国旗を掲揚し,国歌を斉唱する方針を採り,控訴人ら教職員に対し,職員会議あるいは卒業式及び入学式等の打合せにおいて,本件教育長通知の写し等を配布するなどしてその内容を周知させて国歌斉唱時に起立するよう指導するとともに,生徒に対する率先垂範指導を指示し,不起立の教職員に対し個別指導を行っているが,特定人を名宛人として国歌斉唱時に起立して国歌を斉唱するよう職務命令として命じたことはなく,本件教育長通知発令後,不起立を理由とする処分の事例もない。」と認定している。甲B16)を指摘した上,卒業式及び入学式に参列する教職員に対し,君が代斉唱時に起立するよう求めているのは,神奈川県教育長の各県立学校長に対する内部通知にすぎず,所属の校長から国歌斉唱時に起立するよう具体的な職務命令が発せられていないから,原告らに対し,起立を指導する根拠が存在しないと主張する。
 しかし,先に認定したとおり,神奈川県教育長は,卒業式,入学式に先立ち,毎年11月ころに,各県立学校長に対し,国歌の斉唱を式次第に位置付け,斉唱時に教職員が起立し,厳粛かつ清新な雰囲気の中で式が行われるよう,取組の徹底を求め,教職員が校長の指示に従わない場合には,県教育委員会としては,服務上の責任を問い,厳正に対処していく考えであることを伝えている。そして,現実に今回問題となっている原告らにかかる卒業式,入学式においては,国歌の斉唱が式次第に位置付けられ,国歌斉唱時には特に留保なく一律起立が求められ,それに応ぜず起立していない原告らについては,服務に違反した事実があったとして,不起立情報として記録にとどめられている。そうすると,その前提として,卒業式及び入学式において,所属の校長から,表現方法や伝達方法こそ同一ではないとはいえ,教育長から各県立学校長に対してなされた「入学式及び卒業式における国旗の掲揚及び国歌の斉唱の指導の徹底について(通知)」の趣旨に沿った,命令・指示がなされたと推認されるところである。
 しかも,本件については,平成19年10月24日に出された神奈川県個人情報保護審査会の意見に従い,平成17年度卒業式から平成19年度入学式まで,計4回の卒業式・入学式につき作成した経過説明書を廃棄し,平成20年1月17日,神奈川県個人情報保護審議会の答申を受けた上,本件条例6条ただし書にいう「正当な事務若しくは事業の実施のために必要がある」として,国歌斉唱時に起立しなかった教職員についての情報を,不起立情報として収集したものである。そうすると,国歌斉唱時の起立は,単なる要望や提案のようなもので,従うか従わないか,教職員の任意にゆだねられていたというものではなく,選択の余地をいれない指示であったと認められ,このような指示を出す根拠としては,公務(*「校務」の誤記と思われる)をつかさどり,所属職員を監督する校長の権限に由来するものというべきである。したがって,明確に校長から職務命令であるとの具体的な用語に基づくものでない限り,学校の教職員の立場で卒業式又は入学式に参列する者でありながら,式次第に従い国歌斉唱時に起立を求められても,それに従うかどうかは各自の判断に任されており,それに従うことが求められなかったとか,これに従わなかったために記録にとどめられることが想定外の事柄であったとは,到底いうことができない。
 実際,原告○○○○が出席した○○○○の平成20年1月18日の職員会議では,起立したまま国歌斉唱をすることとなる平成19年度卒業式要項Uが議論の対象となり,校長の決裁でそのように卒業式が執り行われることになったこと,同年2月27日の同高校の職員会議では,卒業式に教育課程調査ということで,県教育委員会の職員が来校するとの報告があり,卒業式の監視ではないかとの意見(具体的には国歌斉唱の際,教職員が起立するかどうかの監視を指すものと考えられる)が出たことが(乙31,32,原告○○○○),原告○○○○が出席した○○○○の平成18年度の卒業式前の職員会議でも,当時の校長が,国歌斉唱時に起立しなければ,県教育委員会に報告して厳正に対処すると繰り返し発言していたこと,同高校の平成20年2月8日の職員会議では,校長が提示した,一同起立のまま国歌斉唱となっている式次第に対し,国旗の掲揚と国歌斉唱を削除する修正案が出され,決を採ったところ修正案が多数を占めたものの,校長は原案を通したことが(乙26ないし28,原告○○○○),原告○○○○にあっては,別件訴訟の際作成した陳述書で「現在,卒業式や入学式で「日の丸」,「君が代」が強制され,教職員にも『学習指導要領』を根拠に,起立し歌うことが強要され」ていると訴えていること(乙14の7,原告○○○○),原告○○○○が出席した○○○○の平成20年1月31日の職員会議でも,卒業式の国歌斉唱時に起立するよう要請することの是非が議論にのぼり,校長が「私の立場(職)としてお願いしている。」と答えたこと,同年2月27日の同校の職員会議でも,「卒業式・入学式において不起立者の氏名を報告するのか」という質問に対して,校長が「職としてやらざるを得ない」「私としては学習指導要領及び県の通知の通りでお願いする。多数決を採ることはしない。」と答えていたこと(乙29,30,原告○○○○)が認められる。
 また,全日制・定時制・通信制を合わせ170校に及ぶ神奈川県内の県立高等学校のうちから70校余りを抽出し,平成10年から平成17年までの卒業式・入学式に関わる議事録を分析して,日の丸・君が代の強制が行われている様子を調べ,強制の実態の特徴をまとめたとする,原告○○○○作成の「県立学校における職員会議議事録の調査報告書「高校編」」と題する書面(乙24)には,調査の結果,各学校が,県教育委員会の圧力により,卒業式及び入学式において日の丸・君が代が強制されていったとする様子が記録されており,その記載からは,校長が職員会議の前の段階で,式次第に日の丸・君が代を入れるよう指示・命令などを発し,卒業式及び入学式の式次第の案を一方的に変更するようになっていくとする様子が記載されているほか,平成14年から平成16年にかけて,校長が,自ら判断・決定する権限を放棄して,画一的,均一的に,学習指導要領,教育長通知,教育課程研究集録第9集を引き合いに出して,教育現場に日の丸・君が代を導入しているとの記載も見られるところである。
 そして,そもそも,本件のような入学式及び卒業式に参列する全ての教職員に一律に国歌斉唱時に起立するよう職務命令を発するに際しては,これに反したときに服務違反として懲戒処分などを行うことも念頭に置く場合には,証拠確保の観点から,個別的に文書を交付することも想定されるものの,職務命令を発するには必ず文書を要するというものではなく,一般的には口頭によるものでも足りると解される。また,今回の命令は,予定される入学式及び卒業式に参列する全ての教職員に一律に命ずるものであるから,教職員各人に個別的に行うのではなく,職員会議などの機会に参列予定者全員に向かって集団的になされることも想定し得るところである。その際,原告らの所属する校長の中には,置かれた状況に応じて,より説得的に伝えるなどの考えのもと,指示・指導などの表現を使用したことがあったとしても,前述のとおり,当時,平成19年10月24日に出された神奈川県個人情報保護審査会の意見に従い,平成17年度卒業式から平成19年度入学式までの計4回の卒業式・入学式に関する経過説明書を廃棄した上,改めて神奈川県個人情報保護審議会から平成20年1月17日に答申を受けた上,本件条例6条ただし書にいう「正当な事務若しくは事業の実施のために必要がある」として,平成19年度の卒業式から改めて国歌斉唱時に起立しなかった教職員の情報を不起立情報として収集することが予定されていた状況下にあったことも併せ考えると,これらの校長等は,所属職員を監督する立場から,その権限に基づいて,当該各原告に対し,国歌斉唱時に起立するようにとの職務上の命令を発したと認めることができる。仮に,原告らが関係する校長等が,懲戒その他の不利益処分と結びつく効果を有する性質のある命令の告知を十分に行っていないために,原告らの中に,懲戒その他不利益処分を付するに足りる職務命令を予め受けたというに足りないと評価される者が含まれているとしても,前述のとおり,国歌斉唱時に起立するとの要請に従うか従わないか,参列する各教職員の思想信条に従い,任意に選択することが許容されるものでなかったことは明らかである。
 
 以上からすると,今回の卒業式及び入学式における不起立情報は,国歌斉唱時に起立することを求める職務命令ないし選択の余地のない指示,指導に反した教職員の違反事実に関する情報といえる。こうした違反事実に関する情報は,当該教職員に対する指導を実施する上でも,また,当該教職員による服務違反に対する人事上の措置の要否,内容を検討する上でも必要とされるものであるから,これを原告らを含む県教職員の監督を担う立場で人事管理上必要なものとして収集・記録することは「正当な事務若しくは事業の実施のために」されたものというほかはない。そこで,実施機関である教育委員会としては,本件条例の定めに従い,神奈川県個人情報保護審議会に諮問し,その答申を踏まえた上で,正当な事務若しくは事業の実施のために必要があるものと認めて取り扱ったもので,かかる判断をもって,神奈川県個人情報保護審議会の答申内容を無視し,ないしこれに反したものということは困難である。したがって,不起立情報を収集・保管することとした教育委員会の判断は,教職員等の服務規律保持を担う行政機関として裁量内の判断と認めることができる。以上については,勤務時間外に式場に入り,国歌斉唱時に起立しなかった原告○○○○についても異なることはない。
 
(2)8条違反
 本件条例7条1項は,実施機関に個人情報事務登録簿の備付け義務を規定している。神奈川県個人情報保護条例逐条解説によれば,県民等が自己に関する情報の所在や内容を確認し,積極的に自分の情報に関与することができるようにするため,実施機関に一定の事項を個人情報事務登録簿に掲載し,その登録簿を備え付けなければならないと定めたものと解説されている(甲B6)。
 一方,本件条例8条1項は,実施機関が個人情報を収集するとき,あらかじめ個人情報を取り扱う目的を明確にし,収集する個人情報の範囲を当該取扱目的の達成のために必要な限度を超えないものとしなければならないと規定している。上記逐条解説では,同項は,実施機関が個人情報を取り扱う最初の段階である収集の時点において,誤った個人情報や事務又は事業の遂行に当たって不必要な個人情報を収集してはならないことを規定したものとされている(甲B6)。
 同逐条解説の説明は首肯し得るものであり,自己情報の利用停止請求権を定めた34条も,6条,8条1項から3項まで,9条1項,10条1項,16条の各規定に違反する行為があったときに,利用停止を請求することができるとされ,そこに7条は含まれていない。
 そうすると,本件条例7条と8条は,それぞれ趣旨を異にする規定であると解されるから,7条違反が当然に8条違反を構成することとなるものではない。
 
 これに対し,原告らは,本件条例7条違反のみでは,利用不停止請求(*「利用停止請求」の誤記と思われる)の原因と規定されていないことは認めつつ,本件条例7条に違反することが,本件条例8条1項で定める明確化原則に違反することになると主張する。
 原告らのいう明確化原則とは,8条1項の規定中「実施機関は,個人情報を収集するときは,あらかじめ個人情報を取り扱う目的(以下「取扱目的」という。)を明確に」するよう定められていることを指すものである。他方,本件条例7条では,個人情報事務登録簿上,個人情報記録(申請書,許可台帳,人材ファイル等)から検索し得る個人の類型ごとに,当該個人情報を取り扱う目的を明らかにすることとされている。個人情報取扱事務の登録に当たり,個人情報を取り扱う目的が不明確であると,登録のために個人情報を収集するに当たっても,個人情報を取り扱う目的が明確でないことに繋がるものといえる。ただし,自己情報の利用停止請求権の有無を検討する場面では,あえて,本件条例7条違反を持ち出すことなく,本件条例8条を指摘すれば足りるものと考えられる。
 
 そうすると,原告らの主張の趣旨は,結局のところ,不起立情報の取扱目的が不明確であるということになる。
 しかし,不起立情報の取扱目的は,県立高等学校に勤務する地方公務員として,入学式,卒業式において,校長が定める式次第に従い,国歌斉唱時には起立して生徒を指導すべき指示,命令を受けており,これが原告らの具体的な職務行為になっていることを前提にした上,この命令に従わない教職員に対し,県教育委員会(教育局所管課)が各学校の校長と一体となって組織的・継続的な指導を行っていくためというものであることが明らかであるから,このような取扱目的不明確であるとまではいえない。
 
 次に,8条3項違反の有無について検討する。
 本件で問題となっている経過説明書は,校長,副校長等が,卒業式及び入学式において国歌斉唱時に起立しなかった教職員を目視により確認し,教職員と面談し,不起立であったことについての事実確認を行い,個別指導を経た上で,その情報を記録することによって作成されたものである。
 被告は,本件条例8条3項を,第三者からの伝聞情報でないこと,本人不知の間の収集でないことを意味する規定と解釈すべきであると主張し,これによれば,上記のとおり,実施機関が本人の行動を目視し,本人に指導した経過を記載した経過説明書記載の情報は,本件条例8条3項に違反するものではないことになる。
 被告作成の神奈川県個人情報保護条例逐条解説(甲B6)によれば,本件条例8条3項を本人収集の原則と表した上,「本項は,個人情報を収集するときは,本人から収集することが原則であり,この原則を遵守することが実施機関の義務であることを示したものである。」と解説されており,被告の主張と矛盾するものではない。また,そもそも,不起立であった教職員と面談した上,当該事項の事実確認を行い,個別指導を行ったとの結果内容については,本人から事情を聴取の上収集したものということができるから,その結果内容を収集することは本件条例8条3項の規定に反するものではない。一方,実施機関とされる校長,副校長等が,卒業式及び入学式において国歌斉唱時に起立しなかった教職員を目視により確認したことにより得られた情報については,本人が知らない間に収集されることも想定できないわけではない。しかし,参列した校長,副校長等にとっては,直接現認した本人の行動を報告するものであるから,本人から収集した情報であると言って妨げない上,当該本人としても,実施機関である校長,副校長等が卒業式又は入学式に参列していることを認識しているから,これらの者から,国歌斉唱時における不起立を現認され,これが服務上の義務違反として,報告の対象とされることを予見することは可能であり本人が全く関知することのないまま収集された情報とはいえない。
 これに対し,原告らは,個人情報保護法が本件条例の上位法であるとした上,同法16条1項(個人情報取扱事業者は,あらかじめ本人の同意を得ないで,前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて,個人情報を取り扱ってはならない。)によれば,個人情報の収集に当たり,事前に本人の同意を得る必要があると主張している。
 しかし,個人情報保護法16条1項が15条の規定を受けたものであることは,規定上明らかであるところ,同条1項は「個人情報取扱事業者は,個人情報を取り扱うに当たっては,その利用の目的(以下「利用目的」という。)をできる限り特定しなければならない。」と規定している。同項が定める利用目的による制限の趣旨は,無限定な個人情報の利用による本人の権利利益の侵害を防止することを目的とするもので,同法16条1項は,15条1項を踏まえ,本人の同意がある場合には,特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて,個人情報を取り扱うことを認めたものと解される。
 これを本件についてみると,経過説明書の記載事項によれば,特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を利用したものとは認められないから,個人情報保護法16条1項に違反すると解すべき事由は見いだし難い。
 以上によれば,本件条例8条3項に違反するとの原告らの主張も採用できない。
 
2 人格権侵害に基づく抹消請求について
 原告らは,国歌斉唱時に起立しなかった情報を本件条例に違反して収集,保管することが,思想・良心の自由を定めた憲法19条のほか憲法13条に違反するとして,人格権に基づいて経過説明書の抹消を求めている。
 原告らの上記主張の趣旨は,「本件訴訟は,国旗・国歌の強制は違法であるとか,起立しなかったことで,原告らの思想,信条の自由が侵害された,などを問う裁判ではない」,「原告らが君が代斉唱時に起立しなかった行為を被告が問題にしたことを問うているのではなく,起立しない行為に関する情報を,原告らの思想,信条に係わる情報であるにも拘わらず,これを県条例に違反し,違法に収集していることの問題性を問うているのである」と主張しているところからして(原告ら準備書面(1)),国歌斉唱時に起立を求めること自体の違法ではなく,不起立情報を収集,保管する行為の違法性に限られると解されるところ,同情報自体は,職務命令違反等の情報であり,監督者の立場から人事管理上必要なものとして,これを収集,保管することが「正当な事務若しくは事業の実施のために必要がある」との要件に該当し,その他本件条例に違反するものではないことは,これまで論じてきたとおりである。
 そして,経過説明書に記載されている事実は,当該教職員の国家に対する歴史観・世界観や社会生活上の信念に直接結びつくものとして思想信条に関する情報に当たるといえるものの,それをもって,直接,当該本人に対し,一定の事項を強制,あるいは禁止するものではなく,地方公務員としての職務遂行に当たって職務命令に従わなかったことについての情報であるから,このようなものを収集し,これを保管することそれ自体が,原告らの思想及び良心の自由を侵害するとはいい難い。原告らは,憲法13条で保護されるプライバシーの侵害や自己に関する情報を統制する権利を侵害するとも主張するが,これらの情報が,学校行事において教職員である原告らが採った行為そのものに関するものであることからすると,原告らの個人情報ではあっても,これを監督権者において,本件条例に従い個人情報として取り扱うことが,プライバシー権や情報統制権などを侵害するものとはいえないから,その排除を求めることはできない。
 よって,この点についての原告らの主張も理由がない。
 
3 国家賠償責任の成否について
 以上のとおり,不起立情報を収集,保管することは,違法ではないから,これが違法であることを前提として慰謝料を求める原告らの請求も,理由がない。
 
4 結論
 以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。
 
横浜地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官    佐  村  浩  之
裁判官    西  森  政  一
裁判官    小  堀  瑠 生 子