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                準 備 書 面(7)


 平成15年(行ウ)第60号 損害賠償(住民訴訟)請求事件

                      原告 松田浩二 外26名
                      被告 枚方市長 中司 宏

 大阪地方裁判所民事7部 御中        2004年7月5日


        原 告    松 田 浩 二       印
        原 告    宮 下 和 子       印
        原 告    高 山 順 子       印
        原 告    村 田 孝 子       印
        原 告    村 田   拓        印
        原 告    渡 辺 洋一郎       印
        原 告    渡 辺 光 子       印
        原 告    黒 田 伊 彦       印
        原 告    黒 田   薫        印
        原 告    山 田 光 一       印
        原 告    山 本 節 子       印
        原 告    山 田 淑 子       印
        原 告    佐 藤 信 江       印
        原 告    大 田 幸 世       印
        原 告    福 山 昌 也       印
        原 告    井 上 由 美       印
        原 告    松 田 幹 雄       印
        原 告    松 田 久 子       印
        原 告    上 野 直 子       印
        原 告    鎌 田 恵津子       印
        原 告    渡 辺   毅        印
        原 告    堀 口 宏 二       印
        原 告    西 山 知 子       印
        原 告    土 肥 光 一       印
        原 告    平 谷 知 寿       印
        原 告    石 田 裕美子       印
        原 告    石 田 善 彦       印

※原告の豊田美紀子さんが住民票移動による原告資格喪失のため3月25日付で訴えを取り下げることになりました。
※第5回弁論後、2名の原告が(やむを得ない事情で)2回続けて出廷できなかったことをもって裁判所は(教示もなしに民事訴訟法第263条を適用し)訴えを取り下げにしました。 ヽ(*`o´*)/ 現在原告は形式的には27名になっています。しかし私たちは30名の原告という気持ちに変わりはありませんし、同じ思いを持ってこの裁判をともにたたかっている多くのみなさんと一緒にこれからも頑張っていく決意です。 





                      記

 《 目 次 》

・はじめに

・第一 理由のない「7点指示」とそれに基づく「本件調査」は違法である。(準備書面6からの繰越し部分)
 1.「7点指示」そのものが憲法、教育基本法に照らして違法であることの確認。
 2.被告主張の「儀式における通例」「教職員が起立するのは当然」(「答弁書」請求の原因に対する答弁2、(1)@ロ)という安易な特定観念の押しつけは合理性を欠いており、かつ違法である。
 3.訴外市教委のいう「服務調査」は憲法第19条に違反した「思想調査」そのものであり、「本件調査」は違法である。

・第二 市教委の「職務および服務監督権限」ならびに「校長権限」を超えた教育内容への違法・不当な介入について
 1.市教委権限ならびにその裁量の逸脱について
 2.校長権限ならびにその裁量の逸脱について
 3.教育長による不当な教育支配と、思想統制を意図した「本件調査」(思想調査)の違法性について。

・第三 枚方市個人情報保護条例違反について
 1.「思想・信条・信仰等に関する個人情報」を収集した事実(「部分公開決定通知書」甲9号証)について
 2.「本件調査」は前記条例但し書きの要件を満たしておらず、違法である。

・第四 求釈明

・添付書証





はじめに


 昨年来の常軌を逸した東京都教委による凶暴な行為については、特に10・23通達(甲25号証)以後の大量の教員処分を伴う行為は、これを「日の丸・君が代」の強制と言うことに、いささかの違和感すら覚えるすさまじさを呈している。事態は「強制」を越えて、せき立てるような「脅迫」の段階へと移行していると言っても差し支えないであろう。甲51号証から甲55号証までの書証はそれを如実に物語っている。処分を振りかざし、とにかく「立って歌え」となりふりかまわずに強要する一連の情景は、問答も思考も、個人の尊厳すらも一顧だにされることはない、都教委の統制だけを際立たせている。それは人と人とが触れあう高度に精神的活動である教育の本質とは無縁の世界が、すでに現実として到来しているという驚愕を私たちにもたらしている。もしもこの事態を憲法と教育基本法が許容するようなことがあるならば、もはや教育行政は権力を持つ者の恣意によって動かされ、教育現場には行政権力による教育内容への不当な支配が蔓延していると言わざるをえない。
 原告らが把握しているだけでも、10・23通達以来、卒業式・入学式で処分された東京都の教職員は315名にものぼっている。昨年の周年行事での10名を初めとして、今年の卒業式で206名、入学式で99名である。この他に、新聞記事等によれば(甲55号証1・9・10・11・甲52号証)「君が代」斉唱時に起立しない生徒がいたとの理由で、67人の教職員が厳重注意・注意・指導を受けている。東京都教委の横山教育長は「今後、児童・生徒を指導することを盛り込んだ職務命令を出し」(甲55号証6)ていくことを言明している。けっきょく、「国旗・国歌法」制定時に繰り返し確認された「強制しない・内心の自由に立ち入るものではない」といった政府答弁は空手形にすぎず、とどのつまり児童・生徒がひとりの例外もなく「日の丸」に正対して「起立敬礼」し、漏れなく「君が代」を斉唱させることが主眼であり、本音であったことを明らかにしたのである。
 西原博史氏(早稲田大学教授・憲法学)が指摘するように(甲55号証1)、「教師は生徒の不起立の結果責任を問われ、処分されたくなければ、子どもが内心を押し殺して立つよう指導させられる。生徒も自分の思い通りに行動したら、先生に迷惑がかかると心配する。教室での関係を利用する手法は、直接『立て』と命じるより卑劣」であることはまさにその通りだと考える。しかし、このような卑劣さと二枚舌を用いた手法は、何も東京都教委だけの専売特許ではない。ぜひとも甲31号証を精読していただくよう原告らは被告ならびに裁判所に切望するものである。教育行政機関の責務をはき違え、明らかに指導・助言の範囲を逸脱した訴外枚方市教育長による「教育の不当な支配」の原因がそこには凝縮されているからである。

 そして、さらにもう少し、これらの問題が、ひとり東京だけの問題にとどまらないことに触れておかなければならない。甲55号証1・5にも見られるように、「君が代斉唱時の不起立調査」や「君が代斉唱時の声量調査」が全国に広がっている。しかるに訴外枚方市教委は、原告らが知っているだけでも本件「7点指示」以前(「6点指示」などについて)より卒業式・入学式以前の事前調査も含めた実施調査を行っており、本準備書面添付の甲32号証〜甲49号証が示す、ほぼ完成されたかのようにも思える今日の調査スタイルは、全国的に見てもその完成度は群を抜いているのではないかと察せられるのである。そしてこのことは、訴外市教委が、この問題に毎年どれほどの時間と労力と費用をつぎ込んできたかという何よりの証左にもなっているのである。
 調査とは、必ずある目的を達成するために行われるものである。その調査の利用価値と真の目的が何であるのか、それを隠蔽して、すべてを上意下達の行政上の「服務」や「指示・職務命令」で押し通すことは、公教育たる教育行政の本分を逸脱し、憲法や教育基本法をないがしろにする公務員にあらざる行為であると言わねばならない。

 あらためて、以下に「国旗・国歌法」制定時の政府答弁を採録しておきたい。

○「子どもは当然、通常の場合に、学校が定められた教育活動に主体的に参加していく、これは教育活動の本来持っております作用でありますし、教員はそういった教育活動の本来的な作用に従って児童生徒を指導していくと言うことでございますけれども、指導の結果、最終的に児童生徒が、例えば卒業式にどういう行動をとるか、あるいは国旗・国歌の意義をどのように受け止めるか、そういうところまで強制されるものではないという意味で、強制するものではないと申し上げているところでございます。」
    (御手洗政府委員 1999年8月4日文教委員会)

○「教育公務員として、あるいは教員として、地方公務員としての制約はございますね。ですから、その制約と、ご自分の、教員一人一人が持っている内心の自由、今その両方の関係をご質問だと思うけど、どの人が仮に内心の自由で何かをしたくなかったときに、その人が最終的に内心の自由でしないと言うことは、それはやむを得ないとおもいますけれども、しかしながら、教育をする人間としての義務は果たさなければいけない、そういう問題が私はあると思うんですね。ですから、その人に、本当に内心の自由で嫌だと言っていることを無理矢理する、口をこじ開けてでもやるとかよく話がありますが、それは、子どもたちに対しても教えていませんし、例えば教員に対しても無理矢理に口をこじあける、これは許されないと思います。しかし、制約と申し上げているのは、内心の自由であることをしたくない教員が、他の人にも自分はこうだということを押しつけて、他の人にまでいろいろなことを干渉するということは許されないという意味で、合理的な範囲でということを申し上げているのです。」
    (有馬文部大臣 1999年8月4日文教委員会)

○「これからもこの法律を盾にして強制的に無味乾燥な議論に入っていくのじゃなく、教育の中で正確に、日の丸の歴史とそして君が代が生み出されてきた歴史、また一時期これがゆがめられて使われた事実、そういうものをきちっと教えることによって学校現場の教育が生かされ、それが民族のアイデンティティとなって国際的な人間として我が国の国民が育っていくように私どもは努力していかねばならないし、またこの席で私は文部大臣にも要請をしておきたいわけです。」
    (野中広務官房長官 1999年8月2日国旗及び国歌に関する特別委員会)

○「従いまして、今ご指摘のように、起立をしなかった、あるいは歌わなかったといったような児童生徒がいた場合に、これに対しまして事後にどのような指導を行っていくかということにつきましては、まさに教育指導上の課題として学校現場に任されているわけでございますけれども、その際に、ご指摘のように、単に従わなかった、あるいは単に起立しなかった、あるいは歌わなかったといったようなことのみをもって、何らかの不利益をこうむるようなことが学校内で行われたり、あるいは児童生徒に心理的な強制力が働くような方法でその後の指導等が行われるというようなことはあってはならないことと私ども思っているわけでございます。」     
    (御手洗政府委員 1999年7月21日内閣委員会文教委員会)

  

第一 理由のない「7点指示」とそれに基づく「本件調査」は違法である。(準備書面6からの繰越し部分)


1.「7点指示」そのものが憲法、教育基本法に照らして違法であることの確認。

〔「7点指示」・甲10号証 平成13年11月1日 第7回定例校長会〕  
  1点目 卒業証書授与、校長式辞、教育委員会告辞、来賓祝辞は、体育館舞台上で行うこと
  2点目 国旗については、式場内と式場外に掲揚すること。
       式場内での掲揚は体育館舞台に掲揚すること。
       式場外での掲揚は、校門・玄関・ポールのいずれかに掲揚すること。
  3点目 教職員が国歌斉唱時に起立し、斉唱すること。また、教職員に児童・生徒が起立することの意味や斉唱の指
       導を行うことを明確に指示すること。
       式当日、児童・生徒の国歌斉唱が適切に行われるように指導すること。
       なお、教職員の起立については、起立しない場合、再度起立の指示をすること。
  4点目 国歌斉唱を式次第の中に入れ、式場及びしおり、プログラム等に明記するとともに、しおり、プログラム等に
       は、国歌の歌詞をプリントすること。
  5点目 演奏方法については、ピアノ伴奏も含め、適切な演奏方法をとること。
  6点目 卒業式における司会進行は教員が行うこと。
  7点目 来賓・保護者に対して協力を依頼すること。
   なお、卒業式は校長が卒業証書を授与する場であることを踏まえ、儀式としてふさわしい、厳粛な雰囲気の中で実施すること。

 (1)「7点指示」は「日の丸・君が代」を強制することを目的にしている。
    原告らはすでに多くを指摘してきたが、学習指導要領の「国旗・国歌」項目は国家の信条的中立性を逸脱して違憲・無効である。したがって、それに基づいて出された「7点指示」もまた違憲・無効であることを基本的に免れない。日本国憲法第19条に思想・良心の自由が明記され、個人の思想・良心、すなわち個々人の価値観やイデオロギー等が国家の干渉を受けることなく、個人の決定権に属することが確認されている以上、卒業式や入学式といった様々な思想・良心・信仰を持つ人々が集まる行事において、「日の丸・君が代」を強要することはそもそも許されないことだというべきである。
 「7点指示」が学習指導要領の「国旗・国歌」項目の実現をその目的として具体化されたものであることは、被告がたびたび「学習指導要領の趣旨」という言い方を用いていることからも明らかであるし、その眼目が3点目の「君が代」の起立斉唱を強制することにあることも明白である。

 (2)しかし、他の項目がそのことを有機的に補完する関係にあることにも留意しなければならない。
   つまり「7点指示」が従来多くの学校(特に小学校)で行われていた「フロアー形式」(対面式)をやめさせ、一段高い舞台上に「日の丸」を掲揚させるように指示していることは重大な意味を持ち、注目に値することである。本件「7点指示」の時点においては、乙第6号証に見られるように、平成13年度(2002年3月)卒業式において、(日の丸を)「舞台正面壁面に掲揚した学校が小学校で4校、中学校で1校」となっている。それが2004年4月(平成16年度)入学式においては、甲58号証にあるように、すべての幼稚園、小中学校で「日の丸」が舞台正面壁面に掲揚されるに至った。これは教員によるピアノ伴奏についても同様であり、自然にそうなったわけではもちろんない。卒業式、入学式では「一同起立」→「礼」→「開式の辞」→「国歌斉唱」の号令がかけられ、式参加者全員が舞台正面壁面の「日の丸」に向かって礼をし、「君が代」の起立斉唱を余儀なくされる式進行と式場配置が、本年2004年4月の入学式では市内全小中学校において、ついに完成されたと言っていいだろう。言い換えれば、卒業式や入学式が、「国旗・国歌」(日の丸・君が代)に特別の敬意を払う態度を強要され、一段高い舞台上から「日の丸」を背に発言する校長や来賓を「見上げる」形だけが唯一の式のありかたとして固定化されたのである。「日の丸・君が代」が主役となった儀式が教育基本法がめざす教育の理念に合致する教育活動であるとするならば、訴外枚方市教委はそのことを明らかにしなければならない。

 (3)「国旗・国歌」(日の丸・君が代)を尊重し、敬意を払わなければならない根拠などはどこにもない。
   「国旗・国歌法」は「日の丸」と「君が代」を国旗・国歌と定めただけの定義法であって、尊重規定があるわけではない。逆に言えば、尊重規定も目的もないがゆえに、「国旗・国歌法」は成立したという事情を持っている。むろん「君が代」を斉唱しなければならないということはどこにも書いてはいない。にもかかわらず、訴外教育長は定例校長会において「国歌法制案が可決され、校長は、法をまげる方向でなく、先生に起立するよう指示しておくことが大切」(甲31号証13)と述べている。
 「国旗・国歌法」の効用、あるいは法的効果とは、国旗・国歌であれば個人の思想・良心や価値観よりも無条件に上位にあって、個人の自由を安易に駆逐することができると思いこみ、嵩にかかることを容易にする点にあると思われる。「国旗・国歌法」の成立後、とりわけ教育現場において、「日の丸・君が代」の強制が急激に加速したことは原告らが書面や書証においても再三、指摘しているところである。
 卒業式や入学式において、「国旗」を掲揚し、「国歌」を起立斉唱しなければならない理由や法的根拠はどこにも見あたらないばかりか、教育の本質から考えてみても、憲法や教育基本法からその理由や根拠を引き出すことは到底できないと言うべきである。
 また、国籍の異なる子どもや式参加者に対して、あるいは障害のある子どもに対して、「7点指示」は教育基本法第3条にも違反するものと考えられる。

 (4)学習指導要領にすら書かれていないものであり、強制力を伴っている。
  「7点指示」は学習指導要領にすら書かれていない内容を事細かに指示するものとなっている。学習指導要領には国旗に関しても掲揚場所を指定しているわけではない。教員が「国歌」を起立斉唱しなければならないと書いているわけでもない。教員はその職務に即して「指導するものとする」と書かれているだけである。むろんその指導内容は、個々の教員の専門性と裁量に託されるものであるが、その教育内容は、憲法や教育基本法に反しないことを原則としつつ、子どもたちの思想・良心形成過程に必要な客観的知識として、子どもたちが自ら学んでいくことを援助する内容であると考えるのが至当であろう。
  もしも、市教委や校長が、学習指導要領の趣旨を弾力的に解釈したうえで「7点指示」を出したのだとするならば、そのような弾力的運用は「教育をつかさどる」教員において、もっとも保障されるべきものであるはずである。また、学習指導要領の「特別活動」の目標からしても、「7点指示」によって何が何でも「日の丸・君が代」を持ち込まなければならない必然性は存在しない。けれども、この「7点指示」がたんなる紙切れではなく、市教委からの強い圧力によって強制力をともなった指示である以上、実体として判断されるべき違憲・違法の指示であることは明らかである。 

 2.被告主張の「儀式における通例」「教職員が起立するのは当然」(「答弁書」請求の原因に対する答弁2、(1)@ロ)という安易な特定観念の押しつけは合理性を欠いており、かつ違法である。

 (1)被告は「国歌斉唱時に起立するのは、儀式に参加した者の通例の行動であり」また「学校における教育課程の一環として行われる入学式において、教職員がこれを行うのことは当然のことであった」と主張する。
 しかしながら、被告の言う「通例」とは、あくまでも「君が代斉唱」が当然の合意として行われることを前提とした儀式に見られる多くの「通例」の形を意味しているにすぎない。被告の主張は筋違いというべきである。
 社会において行われる各種のイベントやスポーツなどにあっても、仮に「国歌斉唱」が行われるとしても、それが参加者に「起立斉唱」を強制するものでないことは常識に属する事柄である。「通例」をもって「起立斉唱」を強制することは、それが特に教育活動の一環である卒業式や入学式という場を考えるとき、なおさら行うべき行為でないことは当然であろう。
 卒業式や入学式には思想・信条の異なる多様な考えの保護者が参加し、その参加者が、国籍や信仰の異なる場合も多く見受けられることである。
たとえそれがひとりであろうとも、法以前の人権に関わる事柄は、多数決とは関係のない保障されるべき権利である。それを配慮することこそが「通例」であってしかるべきである。

 (2)枚方市にあっては、市立小中学校の卒業式、入学式に「君が代斉唱」が全体として持ち込まれたのは1999年からであった。それ以前は相当の長期にわたって「君が代斉唱」は行われていない。全国的に見れば、地域の格差はあるものの、「君が代斉唱」が行われてこなかったところは多く存在している。そういう意味でも、「君が代斉唱」は、決して「通例」ではなかったのである。また、甲56号証にみられるように、1989年の学習指導要領改訂に際しては、マスコミや世論の批判や懸念、あるいは地方議会や教育委員会すらもが撤回要求や批判的意見を表明していることは、今日から見れば隔世の感を禁じ得ないが、しかし問題の本質は今も変わってはいないのである。

3.訴外市教委のいう「服務調査」は憲法第19条に違反した「思想調査」 そのものであり、「本件調査」は違法である。
 この項目については、「第ニ・3」において併せて述べるものである。



第二 市教委の「職務および服務監督権限」ならびに「校長権限」を超えた教育内容への違法・不当な介入について


1.市教委権限ならびにその裁量の逸脱について

 (1)原告らはすでに準備書面(5)において、1998年の中教審答申の引用に続いて次のように指摘している。

 これらの「指導・助言」と「指示・命令」についての根本的な法的意義の相違を無視し、意図的な混同をすることによって、あわよくば「指導・助言」にしかすぎない事柄の徹底をはかろうとしてきたところに、今日のねじれた教育行政の根本原因や致命的過誤を見ることができるのである。
(準備書面5 第三 1.)

  教育行政機関としての枚方市教委が、教育基本法第10条が課した制約を踏み越えて、本件「7点指示」や「不起立教職員調査」といった違法行為を行ってきたことについての批判を、原告らは様々な角度から行ってきた。教育というものが、命令・服従の関係や調教に類するものであってはならないことは自明の事柄である。
 教育委員会の職務権限について言えば、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という)第23条に処理すべき事務が列挙されている。これらの項目について、たとえば「五  学校の組織編制、教育課程、学習指導、生徒指導及び職業指導に関すること。」の「教育課程」や「学習指導」の事務の中に、ほんらい校長がつかさどるべき権限に属する事務や、教員がつかさどるべき専門性を有する教育活動の内容のすべてが含まれると解するならば、教育委員会はただちに公教育の隅々までをほしいままに支配することも可能であると言えよう。この実例を、「日の丸・君が代」をしゃにむに押し付けてはばからない本件事案に見ることができる。

 (2)「地教行法」第19条は指導主事について、次のように規定している。

3  指導主事は、上司の命を受け、学校(学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)第一条 に規定する学校をいう。以下同じ。)における教育課程、学習指導その他学校教育に関する専門的事項の指導に関する事務に従事する。
4  指導主事は、教育に関し識見を有し、かつ、学校における教育課程、学習指導その他学校教育に関する専門的事項について教養と経験がある者でなければならない。
 
  指導主事に求められる、教育に関する識見、専門的教養と経験、専門的事項の指導とは何を意味するのであろうか。専門性とは、その専門領域が抱える多様性に対応できる能力や資質を意味するものであろう。画一的な処理や対応とは対照的な概念を持つと思われる。たとえば医師は患者に直接の責任を負う専門家であるが、仮に先輩医師や病院の機関における上司の指導・助言があったとしても、患者に対する診断やその患者の病状の把握は、主治医の裁量に属するものである。専門家であればこそ、専門家としての互いの裁量や権限を理解しあい、それを尊重することによって、指導・助言もまた、もっとも効果的な活用法を見出すはずである。独立した判断と責任を持つ職業として、教員やあるいは裁判官もその意味において同様であると考えられる。

 (3)「教員の地位に関する勧告」(1966年・ユネスコ・日本政府賛同)はこのような勧告を行っている。

8 教員の権利と責任
職業上の自由
61 教育職は専門職としての職務の遂行にあたって学問上の自由を享受すべきである。教員は生徒に最も適した教材および方法を判断するための格別の資格を認められたものであるから、承認された計画の枠内で、教育当局の援助を受けて教材の選択と採用、教科書の選択、教育方法の採用などについて不可欠な役割を与えられるべきである。
63 一切の視学、あるいは監督制度は、教員がその専門職としての任務を果たすのを励まし、援助するように計画されるものでなければならず、教員の自由、創造性、責任感をそこなうようなものであってはならない。
 (1966年9月21日〜10月5日 ユネスコ特別政府間会議採択)

  訴外市教委が行った「7点指示」や本件調査は、教育委員会が当然にして認識し、自覚しておくべき教育の本質への深い理解と、それから当然にして求められる教育行政の本旨からすれば、明らかに市教委の権限を逸脱した具体的な教育内容への一方的かつ不当な介入・支配であり、「地教行法」第33条1項に基づいて定められた「枚方市立小学校及び中学校の管理運営に関する規則」や「枚方市立学校長に対する事務委任規程」(甲50号証)からしても、それを適法とする合理的根拠は見い出せないというべきである。

2.校長権限ならびにその裁量の逸脱について

 (1)生物的にも「子どもにたいする親」の責務である教育は、現代社会においては、公教育であることを要請される。より正確には、学ぶことは子どもの権利である(憲法第26条)。自由に学び、主体的に多様な価値を選び、「自己」の形成を保障されなければならない。ただこのためには「支援」が必要である。
 この「親全体」の責務を、公教育は教育機関(学校)で、教師が子どもと人間的に触れあって営むことになる。これは、人間の精神の、内面の多様な価値に関わる営みである。したがってこの営みは一般の民主的手続に基づく政治決定では妥当性を保障されるものとは言い得ないのである。この保障は究極的には「学びを援ける」者の人格に負うものであり、子どもとの信頼関係は不可欠の紐帯といえるであろう。
 そして、それぞれの経験に基づき、各種のレベルの教師集団と、研究者も含む親との対話で保障される。いわば教育における「直接民主主義」である。

 (2)校長は「校務をつかさどる」(学校教育法)のがその職務であり、学校という教育機関における教育行政を担当する責任者にほかならないが、同時に教育の専門家でもあるのである。「教育課程」や「学級」の編成等といった教育事務の、より行政的側面やあるいは純然たる行政事務を主に職務として担当するとしても、先輩教師として、日常的に教師集団と接するなかで、教育や子どもとの関わりについて指導・助言を提供することもまた重要な責任であることは疑いえない。教師集団との信頼関係は極めて重要である。児童・生徒に直接責任を負う学校の責任者として、子どもたちの人権を守ることは最優先されなければならない校長の責務である。被告が主張するように、2002年の入学式において、市教委の指示に無条件に服従し、「7点指示」を「職務命令」として発した校長がもしいたならば、「7点指示」以上の権限、裁量の逸脱と言わなければならない。「不起立教職員調査」で不起立教員の「氏名」と「起立しなかった理由」を聴取し市教委に報告した行為は公務員としての責任を問われる違法行為である。
 

3.教育長による不当な教育支配と、思想統制を意図した「本件調査」(思想調査)の違法性について。

 (1)訴外市教委は「本件調査」を「服務監督権限にもとづく服務規律違反の調査」であると主張する。しかしながら「本件調査」の結果を集計した一覧表(甲2・3号証)のタイトルは「平成14年度入学式の国歌斉唱時、起立しなかった教職員調査」である。
  原告らはすでに求釈明の中で同主旨のことを述べているのだが、仮に服務調査という名目が成り立つとしたならば、それじたいは内容のない形式的な調査を指しているにすぎないから、あらゆる「指示」に対する服務調査が成り立つことになる。学習指導要領にもとづく個人レベルの調査が他に多数行われているのかどうか、あるいは校長が日常的に発する校務に関わる指示に対して、個人レベルの服務調査を行っているのかどうか、その実例を示すことなしに、「服務調査一般」を正当化することはできないはずである。したがって「国旗・国歌」に関する調査のみが事前調査も含めて二重、三重に全小中学校の調査を行い、あまつさえ「不起立教職員調査」という個人調査まで行っている理由は、たんなる形式的な「服務調査」にではなく、その内容にこそ理由があると捉えるのが客観的に至当というものである。
  すなわち、「指示」や「命令」も無しに「本件調査」を行えば純然たる「思想調査」に他ならないのは誰の目にも明らかなことである。ゆえに、「服務調査」に名を借りた「不起立教職員調査」(思想調査)をやらざるをえなかったということである。調査の主眼が「君が代」に対する教職員の思想・信条におかれていることは明白であろう。

 (2)校長会における訴外教育長中野一雄の一連の発言は、違法・不当な暴言と言わざるをえない。すべては教育長の「不当な支配」から端を発している。甲31号証からいくつか抜粋してみる。 (赤字によるマークはこのHPのみ)
  ・国旗・国歌は学習指導要領に位置づけられている。それに反対というのは身勝手であり、公教育を逸脱している。
   それに理解を示すことはあってはならない。同時に教育委員会も国旗・国歌に反対する人、主任制に反対する
   人、研修に反対する人は、これからの管理職登用はあってはならない
と考えている。校長の登用も同様である
   (甲31−2)。
  ・校長の証として、国歌斉唱を行うこと。(甲31−5)
  ・今回、一部批判的な声も聞いている。校長としてあるものは批判することが仕事ではない。(甲31−6)
  ・卒業式での行為、特に退席する生徒について教職員が関与しているならば、その行為自身、公教育では権限が
   与えられているものではない。(甲31−8)
  ・教職員には法的な制約があり、思想信条の問題ではない。職務に内心の自由はない。(甲31−14−2)
  ・子どもの司会を見直していただきたい。儀式にふさわしい司会は誰かを考えて欲しい。・・・学校の管理下で、児童
   に校長の校務をさせることは適切ではない。・・・子どもが子どもによって管理させられることを、校長から命じられる
   ことになる。(甲31−15)
  ・入学式においては、国旗・国歌を一体のものとしてとらえる。(甲31−17)
  ・卒業式での国歌斉唱時の教職員の起立、子どもが司会をするのは異常なこと等がある。(甲31−23)
  ・実行できないのは「妥協」ではなく「敗北」である。(甲31−25)
  ・国旗・国歌については、なめられていると思われない態度で立ち向かってほしい。(甲31−26)
  ・ほかの意見を尊重していると成果をあげることはできない。教職員組合や反対運動をしている人に対して説得しよう
   などと思わないこと。
自分のやることを示すだけでよい。(甲31−27)
  ・残念なことには学校の秩序をこわし、校長の熱意をなくす為なら労を惜しまない人がたくさんいます。(甲31−28)
  ・校長職に徹し、責任感を強くもって、学校経営をしていくことを固く誓っている人は反対する人の言い分の極端つま
   り正反対のことをやり抜いて、主導権を確立していくものだ。
(甲31−31)
  ・方針決定に対して、何事も教職員にその是非を相談してから決めるのは正しいやり方ではない。危機管理や、重
   要なことほど教職員に相談するわけにはいかないのが学校経営というものである。
(甲31−32)

   甲31号証は1998年4月〜2001年11月までの校長会での教育長(中野一雄・04年3月教育長退任・4月より教育委員)の挨拶(発言)を情報公開により入手したものである。ここで見られる特徴を挙げてみる。
    @「国旗・国歌」(日の丸・君が代)を徹底することを執拗に強要していること。
    A市教委に完全に服従する独裁的な校長になることを強いていること。
    B教職員や教職員組合に対する敵意と憎悪がすさまじいこと。
    C他者の意見を尊重することを否定し、自らの望む特定の観念を押し付けることを校長に強要していること。
   
   このような発言が校長会において教育長からなされていることに驚きを禁じ得ない。教育長の発言は開会の挨拶であるが、逆らうことを許さない「指示・命令」に類する質のものであることは明白である。
   すべてはこの教育長の恣意・独善と強権から始まっているといえるであろう。「本件調査」も教育長の指示によって行われていることはあきらかであって、法廷において、教育長の真意を問いただし、幾多の疑問点について釈明を求めることはぜひとも必要なことである。


第三 枚方市個人情報保護条例違反について


1.「思想・信条・信仰等に関する個人情報」を収集した事実(「部分公開決定通知書」甲9号証)について

 (1)「本件調査」によって訴外市教委が収集・保管した情報は、まぎれもなく「思想・信条・信仰等に関する個人情報」であって、枚方市個人情報保護条例第7条2項に抵触して違法である。
  被告は、「思想・信条・信仰等に関する個人情報」を収集した事実について否定しているわけではない。ただ、その意図において「思想・信条・信仰等に関する個人情報」を集めたわけではなく、服務調査をした結果、収集された情報であると強弁しているのである。「服務調査」が、たんなる形式的な調査ではなく、その調査の必要は「君が代斉唱」という個人の思想・良心・信条・信仰等に関わる個人調査(思想調査)にしか求められないことはすでに述べたので繰り返さない。
  しかしながら、「収集」は「収集」であって、枚方市個人情報保護条例第7条違反であることは明らかである。市教委がこの「不起立調査」を行えば、個人の「思想・信条に関する個人情報」が収集されることは当然予想していたことである。むしろ「思想・信条」に関わる問題であるがゆえに、教育長は校長会であれほど執拗に「国旗・国歌」の徹底を繰り返し述べているのではないか。
  甲19号証、甲20号証(非開示等決定通知書)の中で、訴外教育長は「削除しない理由」として、「記録する内容を選択することは公正さを欠くことになる」のでそのまま記録し、「削除は行わないものとする」と明記している。仮に百歩譲って、市教委が「思想・信条・信仰等に関する個人情報」の収集になることを予想していなかったとしても、結果として集められた情報が、条例が禁止する「思想・信条・信仰等に関する個人情報」の収集にあたるとわかった時点で、ただちにその情報を削除することがほんとうの意味での「公正」なのではないのか。収集された本人が削除請求をしているにもかかわらず、削除を拒否する正当な理由があれば明らかにするべきであろう。
        
2.「本件調査」は前記条例但し書きの要件を満たしておらず、違法である。

 (1)被告主張の「地教行法第43条1項」は、但し書き「法令の定め」に該当するものではなく、被告の主張は失当であり、まったく理由がない。
   甲22号証(決定理由説明書)(3.(3))の中で、訴外教育長は「この場合の『法令に基づくとき』とは、法令等に収集等ができることを明文で定めている場合のほか、法令等の趣旨・目的からみて、収集等ができるものと解釈される場合を含むものである」と暴論を開陳している。
 甲57号証1〜4は、市長と市教委が行った個人情報保護審議会への諮問の実例である。
 収集が禁止された個人情報の収集や、新たな情報の処理がおこなわれるような場合に、個人情報保護審議会に諮問がなされるのが通常のありかたである。上記のように実施機関が独断で拡大解釈をしてしまわないように、個人情報保護審議会は存在しているのである。
  個人情報の収集をするための法令の定めとは、「具体的かつ限定的」でなければならず、「地教行法第43条1項」(第四十三条 市町村委員会は、県費負担教職員の服務を監督する。)が法令の定めに当たらないことは火を見るより明らかなことである。もしもこの理屈が通るならば、「服務情報の収集のため」と称して、あらゆる個人情報を収集することが可能になるのである。はなはだ見当違いであると言うべきであろう。


第四 求釈明


1,2003年・2004年の卒業式・入学式の起立状況調査において、「起立しなかった理由」を聴取しなかったのはなぜか、明らかにされたい。
(甲33号証・甲39号証・甲43号証)

2.甲31号証−5の「卒業式での校長の取組として、次のことを指示します。」において、中野一雄教育長(当時)は、「Bこの指示は、枚方市立学校長に対する事務委任規程(以降「事務委任規程」という・甲50号証)、第2条2項によるものである。」と述べているが、どうしてこの指示が「事務委任規程」にある「重要かつ異例の事態が生じたとき」に該当するのか明らかにされたい。


              以 上


添付書証

甲31号証1〜32   1998年(H10)4月〜2001年(H13)11月 までの校長会(臨時・校長・園長会を含む)における教育長挨拶部分(写)

甲32号証1〜5   (教学指1402号)平成15年度入学式の実施及び実施状況について(1・通知)(2・1回目報告)(3・2回目報告)(4・調査結果一覧表)(5・平成14年度卒業式実施状況調査結果一覧表)(写)

甲33号証1〜4   (教学指第97号)平成15年度入学式の国歌斉唱時の起立状況について(1・通知)(2・報告)(3・調査結果一覧表)(4・平成14年度卒業式起立状況調査結果一覧表)(写)

甲34号証       平成14年度枚方市立学校卒業式実施状況調査(写)

甲35号証       平成15年度枚方市立学校入学式実施状況調査(写)

甲36号証       平成15年度第9回定例校長会並びに第7回定例園長会議事録(写)

甲37号証1・2   (教学指1131号)平成15年度卒業式の実施について(1・通知)(2・報告)(写)

甲38号証1・2   (教学指1279号)平成15年度卒業式の実施について(1・通知)(2・報告)(写) 

甲39号証1〜3   (教学指第1373号)平成15年度卒業式の国歌斉唱時の起立状況について(1・通知)(2・報告)(3・調査結果一覧表)(写)

甲40号証       平成15年度枚方市立学校卒業式実施状況調査(写)

甲41号証1〜3   (教学指第1317号)平成15年度卒業式の実施状況について(1・通知)(2・報告)(3・調査結果一覧表)(写)

甲42号証1〜4   (教学指1405号)平成16年度入学式の実施及び実施状況について(1・通知)(2・1回目報告)(3・2回目報告)(4・調査結果一覧表)(写)

甲43号証1〜3   (教学指第50号)平成16年度入学式の国歌斉唱時の起立状況について(1・通知)(2・報告)(3・調査結果一覧表)(写)
 
甲44号証       平成16年度枚方市立学校入学式実施状況調査(写)
 
甲45号証1〜3   (教学指第1087号)平成13年度卒業式の実施について(1・通知)(2・報告)(3・調査結果一覧表)(写)

甲46号証       平成15年度臨時校長会・園長会指示伝達事項(メモ)(写)

甲47号証       平成15年度第1回定例校長会並びに第1回定例園長会指示伝達事項(メモ)(写)

甲48号証       平成15年度第7回定例校長会指示伝達事項(メモ)(写)

甲49号証       平成16年度臨時校園長会指示伝達事項(メモ)(写)

甲50号証       枚方市立学校長に対する事務委任規程(写)

甲51号証       週刊サンデー毎日・5月30日号 
            都教委が持ち出した何とも「あきれた理屈」
            P125〜127(写)

甲52号証       週刊サンデー毎日・6月13日号
            「日の丸・君が代」強制 一挙一動を縛る東京「異常突出」P137〜140(写)

甲53号証       週刊サンデー毎日・6月27日号
            「日の丸・君が代」強制が生む「重苦しい沈黙」
            P138〜140(写)

甲54号証       週刊サンデー毎日・7月11日号
            東京都教育委員「言いたい放題」」全集
            P141〜144(写)

甲55号証1〜19   「日の丸・君が代」強制・処分等を巡る新聞記事(写)

甲56号証       京都「君が代」訴訟・一審最終準備書面抜粋
            (4−42〜4−52)(写)

甲57号証1〜4    枚方市個人情報保護審議会への個人情報の収集等に関する諮問事例(1・市長からの条例第7条2項に関する諮問)(2・市長からの条例第8号2項に関する諮問)(3・教育委員会からの条例第15条ただし書きに関する諮問)(4・教育委員会からの条例第14条1、2項に関する諮問)(写)

甲58号証       平成16年度第1回定例校長会並びに第1回定例園長会指示伝達事項(メモ)(写)

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