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エジプトがピラミッドの国だと考えるのは早計です。ピラミッドは古代エジプト文明の単なる入り口で、カイロ博物館
の秘宝、ハトシェプスト女王葬祭殿や王家の谷、あるいはアブ・シンベル、ルクソール神殿とカルナック神殿を訪れる と、この文明を支えた神話の壮大さに、古代エジプト文明の先進性と素晴らしさに感動せずにいられません。古代エ ジプト人は何を考えどのように暮らしたのでしょうか? そして、現代エジプトは、ムスリムの暮らしは? エジプト文明 が現代日本に伝えたものはないのか? ますます興味が湧いてきます。そこで、先入観を覆す新解釈による<私見 >で、7千年の時空を超えた最古の文明、謎と秘宝が待つエジプトの旅にご案内します。
エジプトへの旅
日本からエジプトの首都カイロへは、関西空港からk国営エジプト航空による直行便があり、約12時間での飛行と
なります。機内では原則的には飲酒を禁止していますので搭乗前にワインの小瓶を差し入れる旅行社からのサービ スがありました。折角の海外旅行だからブランド物のお土産が欲しいと思っている方は、英国ヒースロー空港でトラン ジットをするツワーを利用すると、乗り換えの待ち時間に空港内でヨーロッパの土産物が買えます。エジプトは、古代 文明の遺跡や遺宝の宝庫です。世界最古の観光地であるエジプトには、数多くの「観光ツワー」が組まれています。 古代遺跡や博物館廻りと共に、遺跡でのナイトショーやナイル川クルージング、アラブ独特のリズムとムードのベリ ーダンスの観賞等を旅程に折込んだ多彩な観光ツワーで、旅の醍醐味を演出しています。エジプトへは、1年中毎 日のように、日本を出発する観光ツワーが組まれています。そして、観光名所には現地でのミニ・ツワーも多数有り ます。1ヶ月内の観光ビザはカイロ空港内の銀行でビザ・スタンプを購入することで取得でき、便利です。
エジプト人の90%はムスリムで、イスラームの信徒としての日常生活を過しています。素朴で陽気でおしゃべりな
エジプト人ですが、ムスリムには、飲酒の禁止をはじめ飲食物の制限や、お祈りや断食の義務があります。旅は異 文化の人々との交流で楽しみが膨らむものですが、現地で暮す人々に対しては宗教上への配慮が必要です。
イスラームの啓典クルアーン(アル・クルアーン)に「富める者は貧しい者に施しを」とあり、公衆トイレや観光地等で
は、当然のこととして、バクシーシ(喜捨、バアシーシ)という「チップの要求」をしてきます。現地の文化に敬意を表す る気持ちになって、小銭を渡しましょう。バクシーシ目当てに要らぬお節介をしに近寄ってくる者には、きっぱり「NO! (ラー!ハラース)」と断わりましょう。あまりにもしつこいバクシーシの要求には、「アッラー・イサッヘラック」(神が与 えるであろう}と言えば退散すると思います。バザールや土産店では、特に日本人には、吹っかけた値段で強引に売 り付けてくる場合が多くあります。これはバブル期にエジプトを訪問した日本人が、大臣遊びをした結果でもあります が、しっかり値段の交渉をしましょう。交渉事に時間をかけてきっちりとするのもエジプトの風習です。
トイレについても触れておきましょう。観光ツワーでは綺麗なトイレの有る場所へ案内頂けるのでさほど心配は要り
ませんが、エジプトのトイレは汚いという旅行記があります。エジプトは土地の高低差が少なくて、水圧が弱く流れに くいことが第一の理由です。それに、ムスリムは紙を殆ど使わないのです。大用のトイレにはカンカラとホースがあり ます。これを使って左手で直接洗うのです。そしてカンカラに貯まった水で流します。詰るほど紙を使ったのは観光客 に多いのです。元来ムスリムは綺麗好きで、「清潔は信仰の半分」と教わり、大浄グルスと小浄ウドゥーという清め の決まりがあるのです。豚や分からない物を食べないという決まりも、元々は衛生面から出来たものです。ついでに 述べると、ムスリムは酒類を飲みません。この風習は酒の上のトラブルを避ける為で、「君子危うきに近寄らず」で す。外国に出掛けて、日本との風習や文化の違いに不満を漏らす方がいますが、風習と文化の違いを実感し、むし ろ異なった風習や文化を楽しむことが海外旅行の楽しみでもありますから、日本と同じ環境で歴史や文化を楽しもう と考えるならばビデオをお楽しみください。そして、現地には現地の方々が生活を営んでいますので、節度のある行 動をしましょう。”旅の恥はかき捨て”でも、日本人として、あるいは個人の尊厳としての恥は心に積み上がります。 古代エジプト文明へ エジプト・アラブ共和国 Arab Republic of Egypt マスル
面積 100万1000平方キロメートル <日本の約2.7倍>
人口 6、377万人(1996年) <日本の約半分>
首都 カイロ イル・カーへラ
言語 公用語:アラビア語(フスハー) 口語:エジプト・アラビア語 アラビー
政体 立憲共和制
大統領 ムハンマド・ホスニー・ムバーラク大統領(1981年10月就任)
人種 アラブ人
宗教 イスラームのスンナ派90% コプト・キリスト教7%
産業 農業(綿花、米、落花生、小麦 等) 工業(繊維、セメント) 観光業
通貨 エジプト・ポンド(LE)ギニー 補助通貨:ピアストル(pt)キルシュ (米ドルの現金での持込みが便利)
気候 国土の97%が沙漠地帯で、昼夜の気温差が大きい。
4月〜10月が日本の夏、11月〜3月が日本の春。雨は年間を通じて殆ど降らない。
時差 日本より7時間遅れ。サマータイム時(5月1日〜9月30日)は日本より6時間遅れ。
電圧 220V コンセントはBタイプが殆どで、一部BFタイプ
アフリカ大陸の北東に位置するエジプトは、上下エジプトの統一から5000年の歴史を持ち、ヨーロッパやアフリカ
やアジアを結ぶ陸・海・空の交通の要所として、常に、世界の歴史に関わっています。1869年に開通したスエズ運 河は、海運の要所として現在も世界経済を担っています。人類の歴史や文化の発祥の地として、神話の故郷として のエジプトは、世界中からの大勢の観光客で賑わっています。
エジプトは国土の97%沙漠で、人口はナイル川沿いに集中しています。1972年に完成したアスワン・ハイダムに
より、ナイル川の水位が調整出来、国土の保全と安定した電力の確保をもたらしました。
39年間のイギリスの支配を経て、1952年7月のエジプト革命により、約2300年振りにエジプト人による建国を
果たしました。当初、アラブ的社会主義での建国でした。その後、現在は、民主化・自由化へ移行して、経済の発展 に注力していますが、困難な課題は少なくありません。国際政治では、アラブ諸国の盟主としての地位は低下しまし たが、アラブ諸国と欧米諸国とのパイプ役や、中東和平の舞台として、活躍しています。
観光地の治安は概ね良好ですが、スリや置き引き等の犯罪は発生します。特に、人混みでは注意が必要です。
TopPageへ カイロ Cairo イル・カーヒラ
641年、エジプトを征服したアラブ・イスラム軍が現オールド・カイロの地に軍事都市を築き、その300年後、チュニ
ジアに興ったファーティマ朝がエジプトを征服して、この地に遷都して新都市を築きました。この為、カイロは、古代エ ジプトとは全く違った、イスラーム最大の都市としての様相をしています。
アフリカ最大級の都市で、現在も、アフリカ大陸への空陸の玄関口や商都として賑わっています。
観光名所としては、古代エジプト文明の遺品の最大の展示場であるカイロ・エジプト博物館やイスラームの聖堂
のムハンマド・アリー・モスク等があります。また、3大ピラミッドやスフィンクスがあるギーザ(ギザ)への観光へ は、充分日帰り観光の出来る距離にあります。 アレキサンドリア Alexandria イル・イスキンディリーヤ
紀元前332年にマケドニアのアレキサンダー大王が侵入し、この地に都市を築き、紀元前304年にエジプトを統治
するプトレマイオス朝を開きました。この王朝は、その後この地に首都を置きました。紀元前30年にクレオパトラ7世 が自殺して、完全にローマ帝国の支配下になり、古代エジプト王朝はこの地で終焉を迎えました。
首都がカイロに移って以降廃墟となりましたが、19世紀に始まった近代化でエジプト第2の都市として発展してい
ます。地中海に面する穏やかな気候で、「地中海の真珠」と呼ばれ、保養地としても人気があり、歴史を彩るクレオ パトラの物語と共にヨーロッパ人の憬れの地となっています。
観光名所として、ヨーロッパの歴史を映すグレコ・ローマン博物館やローマの円形劇場跡があります。アレキサ
ンドリア図書館は近年に再建されました。 ルクソール Luxor イル・オッソル
かつて、近隣諸国にテーベと呼ばれ首都として栄えた町で、ナイル川を挟んで西岸を「あの世」とし、東岸を「この
世」とした壮大な古代遺跡の宝庫です。古代エジプト文明の遺跡や遺宝を訪ねる旅は、ルクソールを外せません。近 代的なホテルをベースにして、ゆっくりと古代文明に浸りたいものです。西岸には、美しい遺品で有名なトゥト・アン ク・アメン(ツタンカーメン)の墓がある王家の谷や、美しく修復されたラメセスU世王妃ネフェルタリの墓がある 王妃の谷、壮大で秀麗なハトシェプスト女王葬祭殿があります。東岸には、巨石の柱で圧倒するルクソール神殿 とカルナック神殿や、美しい石像の彫刻美術館と言って良いルクソール博物館があります。ルクソールこそが街全 体を古代エジプト文明の博物館で、ルクソールへ往かずして古代エジプトは語れません。 アスワン Aswan アスワーヌ
現代エジプトの最重要施設であるアスワン・ハイダム(ハイ・ダム)は、エジプト人の生命線であり誇りです。クレオ
パトラ7世のレリーフがある「ナイル川の真珠」イシス神殿や未完のオベリスクの見学と、人造湖に沈んだヌビアの 地に思いを馳せて、色黒い肌をしたヌビア人の漕ぐ帆舟ファルーカでナイル川の風を楽しむのも一興です。イギリス の推理作家アガサ・クリスティーの好んだホテル、「オールド・カタラクト」で一寸贅沢な雰囲気を味わうのも好いで しょう。ラメセス2世が建造したアブ・シンベルの大神殿や小神殿への起点にもなります。 ≫順路
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