山崎まさよし 『セロリ』作詞/作曲:山崎将義
from CD『HOME』
1997年 POLYDOR



 声のいいボーカルに出会うと、僕は、数日ハッピーに過ごせる。
 ウルフルズの時もそうだったけど、CDは出ていないのだろうか、とか、アルバムはまだなのだろうか、とか、そのアーティストの作品を探しに出掛けるのが嬉しくてしょうがない。
 きっと、「僕が見つけたんだ」という思いが、そんな気持ちにさせるに違いない。僕が真っ先にアーティストを発見したなんて、本当は、錯覚なんだけどね。彼は、ずっと存在していたんだし、媒体に登場するくらいだから、とっくに誰かが発掘した後である。
 でも、そんなちょっとしたきっかけや錯覚で、僕たちはアーティストのファンになる。僕みたいな人は、実は多いのではないだろうか。誰よりも早く知るのは楽しいことだし。
 山崎まさよし氏は、僕にとってそんなアーティストの一人である。

 たまたま観た『月とキャベツ』(監督:篠原哲雄)という邦画で、僕は山崎氏に出会った。映画は、充電中のミュージシャン「花火」の音楽と、彼のファン「ヒバナ」のダンスが作り出す、ピュア・ラブストーリーだった。主人公の花火が山崎氏である。もちろん、音楽担当も彼だ。
 脚本は悲しいファンタジーなんだけど、僕には長い長いミュージックビデオを聴いているような作品に思えた。絵画を意識した(レンブラント、ラツゥールとか)光の使い方とか、撮影に面白い試みが随所にあって、頼もしい監督の作品だった。でも僕には、ごきげんなミュージックビデオだ。それほど、この映画における山崎ボーカルの存在が、僕にとって大きかったのかも知れない。

 山崎氏のボーカルは、高音部に説得力があっていいし、山崎氏も自分の声の長所を分かって作曲しているから安心して聴いていられる。とにかく、音楽プロデューサーや編曲家が聴いたら、飛びつくような声の持ち主である。『月とキャベツ』では、『One more time,One more chance』を作曲するシーンがあるが、彼のボーカルと作曲へのこだわりが素直に表現されていて好感が持てた。
 映画は、彼のプロモーションビデオのような作りだけど、逆に、プロモーションビデオとして依頼があって『月とキャベツ』を作ったのなら監督のプロデューサーとしての才能は大したものである。そのへんは、どうなのだろうか。出来れば知りたいところだ。

 「早く、新しいアルバムがでないかな」と、待ち遠しいアーティストがいる生活は良いものである。

 しばらくして、アルバム『HOME』(all songs written by 山崎将義)が、発売された。収録曲は、全部で十二曲。
 大学ノートに鉛筆でガシガシ書いたような、ストレートな詩がいい。何度かアルバムを聴いていると、山崎氏の詩の感覚がとても面白いことにも気づいた。
 「イナメナイ」「価値観」「アドレナリン」「人畜無害」など、あまり詩には用いない言葉を山崎氏は好んで使うようなのだ。
 「浸透」「応急処置」なんて言葉も、ゴツゴツしていて作詞家はあまり使わない言葉である。でも、だからこそ彼の言葉(詩)は新鮮で美しく、僕に伝わった。文系ふわふわ言葉が氾濫する詩の世界で、理系な言葉遣いは面白いと思う。宮沢賢治の理科系言語感覚が魅力的なように、山崎氏にも独特な理系言語感覚があるようなのだ。『コペルニクスの卵』なんて、タイトル曲もあるし。
 最近、瀬名秀明 氏の『パラサイトイブ』 が理系小説として話題を呼んだ。もしかすると、音楽世界にもそんな作家が現れたのかも知れない。絵画も映画も小説も創作世界は、密接なつながりがあるから・・・・・。もっと、やってください。山崎さん、期待してます。

 SMAPが歌っている『セロリ』を耳にした人の方が多いと思うけど、ぜひ、山崎氏が歌う『セロリ』を聴いて欲しい。フォーク調の曲も詩もバランス良くできた作品だと思うから。
 現在、山崎氏は作品が多くないため、彼の音楽について詳しく書けなかったのは残念だけど、駆け出しの頃の佐野元春氏のような「いい雰囲気」を彼は持っていると、僕は思う。曲作りは、まだ弱いけど、ね。
 とはいえ、彼の創作活動は始まったばかり。次のアルバムは、期待したい。

 ところで、『月とキャベツ』は蒸し暑い熱帯夜に、冷えたビールを飲みながら観ると涼しい映画です。真っ白に冷えたジョッキに、生ビールをついで「ウグウグ」と飲みながら。あと、炭火で焼いた熱々のトーモロコシなんていいなぁ。ATGや大林宣彦監督が好きな人は、一見の価値ありです。たぶん。


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