太田裕美 『恋のハーフムーン』

作詞・松本隆/作曲・大瀧詠一/ストリングス&ホーンアレンジ・松任谷正隆 1981年 CBSソニー


 松尾芭蕉が確立した『わび』『さび』の世界を極めて、芭蕉世界の焼き直し作品を作っても、多くの人に支持してもらうのは難しい。そこで現代の作家たちは芭蕉の世界とは違った視点で俳句を創作し、再度、世の中に問うのである。芭蕉だって、先人を乗り越えて独自の世界を創作したものね。
 例えば約三百年後、俵万智氏は新しい視点で俳句集『サラダ記念日』を発表した。彼女が俳句の世界に新しい方法論で問いかけたことに対する反響は大きかった。深いかどうかはともかく、この作品のおかげで、後進の俳人たちは新しい俳句の可能性を深めていくことができるのである。
 「あ、こんな考え方もあったんだ」と。
 いつの時代も、どこの世界でも先頭をきるアーティストは、偉い。

 日本のミュージックシーンで、俵万智氏に当たるのが太田裕美氏だ、と僕はう。太田氏以前の歌謡界は、職人たちが曲を制作する世界がしっかり存在し、当時、彼女も職人たちとコミットしながら新曲をリリースした。 それはそれで名曲が生まれたけど。でもある時(理由は分からないけど)、彼女は大瀧詠一氏や、吉田拓朗氏などのアーティストたちと組んで作品作りを始めた。もしかすると彼女の声は、アーティストたちの意欲をかき立てる何かがあったのかも知れない。そして彼女は、歌謡曲でもなくフォークでもロックでもない作品を次々と発表し始めた。小説で言えば中間小説に当たるのかな。僕たちは、彼女が示した歌謡曲の新しいアプローチに魅力を感じた。そればかりではなく、他のアーティストにも大きな影響を与えたのである。

 現在、太田裕美氏が提示した方法の延長上にいるのが、松田聖子や、小泉今日子だと僕は思っている。華原朋美や川本真琴、椎名林檎までくると、太田裕美から、ずいぶん遠くまで来たなぁ、と感じるけど、広い意味でやはり延長上にあると思う。
 とか考えながら、太田裕美の作品を聴くと面白いですね。今の歌謡曲の原型に触れることができるから。今回のタイトルに選んだ『恋のハーフムーン』は、大瀧詠一の『ロングバケーション』のサウンドを彷彿させる作品。松田聖子が歌っても違和感はないだろうし、きっと太田裕美氏よりヒットしたと思う(太田さんごめんなさい)。歌謡曲の歴史(そんなものあるのだろうか)を学びたい人?は、聴いてみると興味深いかも。
 
 最近、僕は渡辺満里奈が気になっている。『KISSING FISH』(作詞:岡崎京子 作曲:Q)でピアニカ前田氏+キオト氏と組んだりと、彼女の試みは面白い。ウルフルズのビデオクリップ『さんさんさん’95』(作詞:トータス松本 作曲:トータス松本・ウルフル ケイスケ)に出ていたりもするしね。渡辺満里奈氏には、太田裕美氏のようにアーティストの心をくすぐる「何か」があるように思う。適度に、歌手としてマイナーなところも、自由でいい。インディーズのアーティストなどと、どんどんセッションすれば、いい線いくと思うのだけど。ただ、声がいまひとつなのが惜しい。ブレイクするには声がネックになるだろう。
 例えブレイクしなくても、彼女の方向性は今後の音楽シーンに少なからず影響を及ぼすように思う。

 また、ともさかりえもそんな歌手かも知れない。渡辺満里奈ほどの自由度がない分、ある程度売れる優等生な作品をリリースし続けなければならないのは窮屈だけど(最近、椎名林檎とやっているのは、いい。2000/2/20追記)。しがらみをとっぱらって自由にアーティストし出すと、彼女は面白い素材だろう。秋元康に恋愛詩を書いてもらっている内は、ちょっと・・・。どうしても書いて貰うなら、青春とか貧乏とか挫折とかの詩の方が、秋元の場合読ませるのではないか。『GOOD-BYE青春』(詩:秋元康 作曲:長渕剛 1983年)の詩は良かったし。

 ジャパニーズポップスの『サラダ記念日』を、誰がリリースするのか楽しみ。そろそろ誰かが、と僕は思っているだけど・・・。さて、

 ところで『木綿のハンカチーフ』(作詞・松本隆 作曲・筒美京平)は、名曲でした。軽快なテンポの曲と分かりやすい詩に好感が持てます。
 個人的な話しで恐縮だけど、韓国の大学院生が僕のところに遊びに来て、この曲をかけたら「なんていい曲なんだ」って泣いたのには驚きました。もっとも、恋人を祖国に残してきた個人的な事情からかも知れないけどね。
 「韓国の学生には、少し前の井上陽水や太田裕美の曲が共感呼ぶと思う」と、チェさんが言ったのは興味深かった。国によってアーティストの好みも変わってくるのだろうか?演歌歌手は、ロシアで人気があるみたいだし。どこかで、国別日本のアーティストの人気ランキングなんてやってたら見てみたいなぁ。もし、あれば教えてくれると嬉しいです。
1996年 記

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