B7の時代


 ギターを弾いたことのある人なら分かると思うけど、「Em」(イーマイナー)は初心者でも簡単に押さえることができるコードのひとつである。
 「モーリス買えばスーパースター」と言われたフォーク全盛期、憧れのギターを買って、最初から音がでたのは「Em」くらいという人も多かったのではないだろうか。そんな人たちの中から、ギターのキャッチコピー通りスーパースターも生まれたことだろう。

 スーパースターになれなかった僕だけど、「Em」の音が出せればごまかしながら弾き語れる『氷の世界』(作詞・作曲:井上陽水 1973年)は、最初に覚えた曲でした。少し上達してくると「C」「G」とか、ちょっと押さえるのが難しい「B7」などを覚えて「Em、B7、Em、C、D7、G、Em」のコード進行で始まる『神田川』(作詞:喜多条忠 作曲:南こうせつ 1973年)を歌ったもんです。ああ、懐かしい。
 次第にギターの弦の感触に慣れてくると、初心者には指がケイレンをおこすくらい難しくて音が出にくいコード「F」が頻繁に出てくる『卒業写真』(作詞・作曲荒井由実 1975年)や『なごり雪』(作詞・作曲:伊勢正三 1974年)に挑戦してみるのだけど、思うように音が出なくて悔しい思いもしました。
 
 弾いていて気づいたのだけど、比較的ギターを覚えたての若いアーティストが作った曲は、押さえやすいコード「Em」などを中心に作曲するみたいなのである。荒井由美氏など、ピアノで作曲しているアーティストは事情は違っているようだけど、ギターで作曲した作品は大抵弾きやすい。おそらく簡単なコード進行を使うと、作曲もしやすい。

 弾きやすいけど暗い音「Em」や「Am」を使って作った曲は暗くなる。
 その結果、フォークは暗い曲で溢れたのではないだろうか。もちろん、学生運動など時代背景の暗さも影響しているのだとは思うけど、「初心者が弾きやすいコード進行は暗い」という技術的な理由で、暗い曲がフォークに多くなったと思えてならない。
 例えば、ギターでボロロンと作曲したと想像できる『俺たちの旅』(作詞・作曲:小椋佳)のコード進行なんて、とてもアナクロくて暗い。そのかわり、弾きやすい。うーん。特に、B7の部分が暗くもの悲しいなぁ。ギターが弾ける人は試しに歌ってみてください。

 コード進行の流行もあると思う。
 1970年代は、おそらく「B7」「Em」など暗めのコードが時代の気分に合ったのではないだろうか。
 『勝手にシンドバット』(作詞・作曲:桑田佳祐 1978年)のような一見明るそうな曲でさえ、暗い「B7」は重要な音として主張している。
 『神田川』の後に、『勝手にシンドバット』を弾いてみると気づいたのだけど、実はこの二つの曲は似たコード進行を使っていて、特に「B7」部分で70年代の香りが漂っている。『勝手にシンドバット』のコードは『神田川』をオシャレにした感じの進行かな。
 
 80年代になると、「D」「E」「A7」などの、明るいコード進行が好まれるようになってきたようだ。「D」、「E」そして「A7」は「Em」と同じように弾きやすいコードだけど、ずっと明るい音だろう。
 ただ、「D」や「E」から始まるコード進行を使って作曲する人は、とりあえず弾きやすい「Em」から作曲する人よりずっとプロっぽい感じの曲を作るように思える。例えば、『君は天然色』(作詞:松本隆 作曲:大瀧詠一)や『chrismas Eve』(作詞・作曲:山下達郎 1983年)などが、そんな作品である。どちらも、アナクロイ「Em」から始まる「神田川コード進行」は似合わない作品だよね。B7の日本的暗めコードも、80年代の明るい作品にはなるべく使いたくない気分だった。
 確かに80年代にも暗い曲はあるし、70年代にも明るい曲はあるけど、全体の傾向として僕はそんな気がする。

 では、90年代はどうかと言うと、さらにコード進行はマニアックになっているように感じる。80年代のような明るさはないけど、かといって暗いわけでもない。コード表現に関しては、どうやら高度になってきているのだ。「モーリス買ったらスーパースター」になれた時のように、コード5つ知っていて才能さえあれば、勝負できた時代は終わったのかも知れない。
 誰でも弾けるコード進行を意識した曲作りは、おそらくカラオケの存在で必要ではなくなり、作曲も以前よりコード進行から自由になった。
 こうした自由な状態は、いいことなのかも知れないけど、いかした曲が弾きづらいというのは、素人には近寄り難くなってきているのではないだろうか。
 
 ギター一本でスーパースターになれた時代が遠くなったような気がして、なんか、さびしいのは僕だけなのかな。

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