荒井由実 『COBALT HOUR』
1975年6月

モーツァルトが作曲した『トルコ行進曲』をピアノで上手く表現するには正確に音符を追うだけでは難しく、ちょっとした工夫が必要だ。
例えば、左手が奏でるリズムが行進するトルコの兵隊が叩く太鼓を表現していることを理解することである。200年前、作曲家モーツァルトが見たトルコの兵隊が行進する光景を目の前に感じながら弾けるかが、この作品を表現するポイントなのだと思う。
左手を単なる伴奏にすぎないと考えて弾くと、人に感動を伝えることは難しい。きちんとトルコの兵隊を行進させるイメージを持つことがピアニストに要求される。
さて、
この理屈を知っているユーミン(たぶん)は『ルージュの伝言』で、モーツァルトが『トルコ行進曲』でやったのと同じ手法を使ったのだと思う。
左手(伴奏)で電車の音を表現しながら、印象的な旋律に乗せて女の子の気持ちを歌っているからだ。このCDをかける機会があったら、電車の音がうまく聞こえてくる(イメージできる)か耳を澄ませるといい。
主旋律のバックで電車が走る効果音が、文字通り効果的に流れ、彼から遠ざかる女の子の気持ちを語りかける仕組みに気づくと思う。
これはギターのコード進行で勝負するアーティストには、真似のできないクラシックの発想である。もちろん、ギター一本で表現する格好良さもあるけど・・・
ピアノだけで『ルージュの伝言』を弾くともっと分かりやすい。ピアノを上手に弾ける人は、電車に乗る女の子を意識しながら左手の伴奏をしてみてください。今までとは、違った景色が見えてくるから。
宮崎駿のアニメ『魔女の宅急便』でも『ルージュの伝言』が使われているのも、興味深い。それは、主人公の新米魔女キキがホウキに乗って(電車じゃない。魔女だから)故郷を後にするオープニングのシーンに登場する。キキがホウキにひっかけているラジオのスイッチを入れると突然『ルージュの伝言』が流れてくる。おそらく女の子が故郷を後にする気持ちを、冒頭部分で表現したかったのだろう。「不安な気持ちを残したまま」と、空高く駆け上がっていくようなド、ミ、ソの音階で表現されるサビの部分は、空中を散歩する魔法のホウキのシーンに、見事にはまっていた。サビで使った空高く駆け上がるような音階は、ユーミンが得意とする見せ場でもある。
インターネットのアニメサイトで「『ルージュの伝言』は『魔女の宅急便』には相応しくないのではないか」と言う書き込みを目にしたことがあるけど、僕には宮崎駿がこの曲を使った気持ちが分かるような気がする。おそらく、「女の子が列車で移動しつつある」という曲のイメージを優先したのだろう。
『魔女の宅急便』が発表されたのが、1989年。『コバルトアワー』から14年も後である。時間が経つと、どうしても作品が色あせるものだけど、当時『ルージュの伝言』を映画のシーンで聴いても古い曲だなんて感じは受けなかった。
時が経つと作品が色あせるのはアルバムの力量不足なのだろう。
『コバルトアワー』を聴くと、そんな簡単なことに気づかされる。シンプルでよく考えられた作品には、時間に左右されない力強さがある。『卒業写真』なんて10年先に聴いても、女の子が自分にだぶらせてうなづける作品だと思うし。
『コバルトアワー』が発売されたのは、1975年。そんな時間の経過なんか吹き飛ばすくらい力のあるアルバムである。たまに、思い出すように聴いても新鮮さを失わない一枚だと思う。