米米CLUB 『君がいるだけで』

1992年 作詞・作曲 米米CLUB


 「安奈、おまえの愛の火は」で始まる『安奈』(1979年 作詞・作曲/甲斐よしひろ)を聞くと

僕は、うまいなぁ、と思う。
 「アンナ」と発音すると、普通、音は下がる(茨城弁などの方言でなければだけど)。しかし、甲斐よしひろ氏は、音を上げて作曲している。本来の発音から思いつけない音作りをしているのである。曲『安奈』の発音の方が、正しいかも知れないと思えるほど、自然に。まぁ、曲先だからかもしれないけど、結果としてうまいのである。
 
 作曲の経験が無い人は、試しに、
 「あんな、おまえのあいのひは、まだ、もえているかい」に、曲をつけてみると、よく分かるかも知れない。
 もし、日本語の発音に引きずられることなく、自然でインパクトのある曲ができたら、作曲家になる才能があると思っていい。頼りないけど、僕が保証します。

 どうでしたか?

 でも、大多数の人は、僕と同じように、うまくいかなかったと思う。理屈が分かっていても、やはり、だめだ。悔しいけど・・・・。「なぜだろう」などと、頭をひねって見てもどうしようもなくて、その内に、「自分にはこの種の才能がないのではないか?」と、気づく。というより、思い知らされてしまう。さっき僕が「いつも舌をまく」と書いたのは、このことです。

 そんな平凡な自分の才能を踏まえて、米米CLUBの作品に耳をすませてみると、作曲家の非凡な才能によって、次々と曲が生み出されているのことが分かる。もっとも、僕にはない能力だから、余計に感じるのかも知れない。
 例えば、『君がいるだけで』(作曲・作詞/米米CLUB)なら、「たとえば、君がいるだけで、心が強くなれること」で始まる部分。『愛はふしぎさ』(作曲・作詞/米米CLUB)なら「愛は ほんと ふしぎさ」。『浪漫飛行』(作曲・作詞/米米CLUB)なら「君と出逢ってから いくつもの夜を語り明かした」で始まる部分の作曲。どれも曲と詩のバランスが良く、時々、ゾクっとするくらい上手い。聴いたことのない人は、ぜひ、味わってみてください。
 作品は、日本語が持つ音から離れて自由に作曲され、ほとんどが水準以上(音楽批評比)の完成度である。でも、このバンド、詩よりも作曲力や企画で勝負しているように僕には思える。もう少し突っ込んで作詞してくれたら、ごきげんなバンドだと思っていたんだけど・・・・。解散が惜しまれるよね。

 僕が、米米CLUBに初めて出会ったとき、「素人っぽい冒険好きバンド」だと思っていた。だって、『FANK FUJIYAMA』(作曲・作詞/米米CLUB)で、「えーびばでぃ SAMURAI SUSHI GEISHA!」と、能天気に踊りながら歌っていたから・・・・。でも、ある時『君がいるだけで』を聴いて、このバンドの作曲の非凡さに気づいた。ごめんなさい、米米clubの皆さん。今更ながら聞くと、『FANK FUJIYAMA』も、よく考えられた玄人の作品だと思います。本当に。
 
 話が少しそれるけど、森田童子氏の「たとえば ぼくが 死んだら」で始まる曲(曲名が思い出せないです)がある。この作品は、日本語の発音にそって作曲するという方法がとられている。というより、あえて作曲をしていないようなのだ。
 森田童子氏のとった手法は、アーティストの言葉が作り出す世界を味わうには、適しているのだろう。こうした作曲家は他にもわりといて、例えば、さだまさし氏も同じ手法を取るアーティストだ。両者は、日本語を、心地よく聴かせる技術に長けているのだろう。音にこだわる詩人が、詩を詠むように。
 米米CLUBの『君がいるだけで』と、冒頭が同じなので、二つの作曲方法を比べると面白いかも知れない。どちらも「例えば」で始まる詞に、インパクトがあるし。

 しかし、この手法は、苦労してきちんと作曲するより容易なため、日本語の発音を頼りに作曲しコードとリズムでごまかす作曲家が氾濫しているように思う。作曲力が未熟な若手駆け出しバンドだけでなく、プロの作曲家の作品でも見かける。明らかに手抜きの曲を聴かされると、それでいいのか、ドン!と言いたくなる。リスナーの僕が悩んでも仕方ないことだけど・・・・。もしかすると、曲を短期間に量産しなければならないというアーティストの環境にも問題があるのかも知れない。ぜひ、作り手の意見を聞いみたいところである。話しがなんだかネガティブになってしまいました。申しわけないです。

 ところで、米米CLUBのアルバムを見ると「作詞・作曲/米米CLUB」となっているが、誰がメインで曲を作っているのだろうか?ご存じの方がいらしたら、教えてもらえると嬉しい。
 石井竜也氏がメインかなと、僕は思っているけど、違うのかな。曲調が、なんとなく茨城弁っぽいから・・・・・。石井氏は茨城弁がネイティブみたいだし。茨城弁って、明るくて、僕はわりと好きです。

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