井上陽水と奥田民生の関係式

 「拓郎って名前さ、僕は好きじゃないんだよね。だって、田舎臭いでしょ。レコードジャケットに吉田拓郎って印刷されてるの見ると、とても田舎臭い・・・・。今は、ミュージシャンとしての吉田拓郎が認知されているからそうは思わないかも知れないど、僕が無名の頃は、特に、そう感じてジャケットに印刷された自分の名前が嫌でしたね」と、あるTV番組で吉田氏が発言していたのを、覚えている。数年前の記憶だから、正確ではないかも知れないけど、大体そんな意味だったと思う。確かに、ミュージシャンとして成功した前と後では、「吉田拓郎」という名前の印象は、ずいぶん違うようだ。

 「奥田民生」と「吉田拓郎」。二人の名前は、どこか近い印象があると思うのは、僕だけだろうか?奥田民生は、自分の名前を気に入ってるのだろうか?などと、つい余計なことまで考えてしまうほど。出身も同じ広島だそうだ(吉田氏は大学が広島)。

 名前はともかく、奥田民生の歌を聴いていると、僕には後ろに吉田拓郎の詩が聞こえてくる。さらに、吉田拓郎の後ろからは、ビートルズの詩が聞こえてくる。奥田民生とビートルズの音楽の距離は、かなり近いように思う。
 奥田民生のアルバムは、どこか懐かしい。懐かしの60年代のニオイがする。当時、僕は小学生だったけどね。僕にとって、奥田民生は不思議なアーティストなのである。

 でも、奥田氏が作る旋律が、吉田拓郎やビートルズに似ているということではなくて、根底に流れる精神が似ているのだ、と思う。特に、詩の精神的な部分が近い。初期のビートルズの詩から流れる、どこか斜に構えた雰囲気は、おそらく同じベクトル上にあるのだろう。

 僕と同じように、井上陽水は奥田民生に吉田拓郎を感じているのかも知れないとある時、ふと思った。 
 1970年代、井上陽水と吉田拓郎はフォーク界のスーパースターだった。だとしたら本当は、吉田氏とセッションをするのが先だったのではないだろうか。当時、それができれば日本のポールマッカートニーとジョンレノンの誕生だった。でも、それは僕の記憶では無かったように思う。そして、井上氏にしてみれば、今更、吉田氏と組む理由も無いのだろう。フォーライフでの、ごたごたもあったしね。もちろん、これは想像だけど・・・・・・。
 ビートルズから、20年以上も経っているのに、こんなに深く影響を受けている奥田氏の音楽世界は、井上陽水にとっても、新しくて懐かしい音楽なのかも知れない。

 できれば、井上氏に「奥田氏はセッションはベターか?そうだとしたら、それは何故?」などと、突っ込んだ質問をしたいところだ。現在、残念ながら僕にはその機会がない。読者の誰かが、尋ねる機会があったり音楽雑誌などで興味深い発言があったら、『音楽批評』に投稿してくれると、嬉しいです。

 ところで、井上陽水と吉田拓郎が共同で制作した作品ってあるのだろうか?もしあれば、ぜひ、聴いてみたいのだけど。

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